はじめに
多くのビジネスパーソンは「値上げをしたら顧客が離れてしまう」という不安を抱えているのではないでしょうか? 価値あるものをさらに高く売るための方法はないのでしょうか?
そこで、経営コンサルタント・小阪裕司( @kosakayuji2010 )氏の著書『「価格上昇」時代のマーケティング なぜ、あの会社は値上げをしても売れ続けるのか』( PHP研究所)より、一部を抜粋・編集して「値上げ」の作法について解説します。
自分が成長したら、価格を倍にする?
「物価が上がったから値上げする」ということでも、理由さえ伝えれば納得はしてもらえる。しかし、この価格上昇時代には、値上げをしても値上げをしても追いつかないケースも考えられる。
そのたびに「〇〇の理由で値上げをします」と言い訳するくらいなら、私は今のうちからさらなる値上げを考えてほしいと思う。
一般的にビジネスの世界では、売れなかったら値下げする。しかし、私はそこで、「どうすればもっと高く売れるのか」を考えてほしいと思うのだ。
その一つとして、「自分が提供できる価値のレベル」を軸に考えて価格を上げる、という方法がある。
このことを教えてくれたのは、京都の菓子メーカーである「京西陣菓匠宗禅」社長の山本宗禅氏だ。
同社のオリジナル商品の中に「金襴」という名のあられがある。これは、かつて苦境にあった宗禅の業績を回復させた初期のヒット商品の流れをくむ商品だ。
その商品とは、あられをチョコレートでコーティングした「チョコレートあられ」。山本氏が工夫を重ねた末に生まれた商品で、お値段は「1粒100円」。サイズは親指ほどで、当時の宗禅のあられの中でも破格の値段だった。しかし、その価値が伝わったことでヒット商品となった。
しかも、予約制であることが功を奏した。当時、会社はまだ小さく、資金繰りも厳しかった。予約販売にすることで先に代金を受け取り、それから原料を仕入れるというサイクルができたことで、資金繰りにも大いに貢献した。
さて、実はこの商品だが、今は「1粒100円」ではない。「1粒200円」だ。
その理由は原価高騰ではない。材料にはより良いものを使っているが、それが値上げの理由ではない。親指サイズが人差し指サイズに大きくなったのでもない。山本氏曰く、「昔の自分と今の自分とでは、腕が全然違っている」。だから値上げした、ということだ。
実際、山本氏は初期のヒット後も精進を続け、チョコレートあられは、ザ・リッツ・カールトン京都のVIPルームのお菓子に選ばれたり、ドバイ王室への献上品になったりと、実績を着々と積み重ねてきた。
つまり、研鑽を重ねてきた自分は以前の自分ではない。だからそれに見合った価格を付けた、ということだ。
そしてこの商品は価格が倍になったにもかかわらず、今まで以上に売れている。
ここに二つ目の「値上げの作法」がある。
自分が成長したら、価格を上げる―― 自分が精進することで提供できる価値が上がったら、それにあわせて価格を上げるのである。
もちろん価格は第一に「顧客にとっての価値から考える」のだから、提供できる価値が上がったこと、それがお客さんにとってどのように価値あることなのかは、さまざまな手立てで伝えなければならない。それを前提にしてのことではあるが、この値上げの作法は重要だ。
付け加えれば、これは「内的参照価格」を巧みに用いた例でもある。
私はあちこちでこの事例をお話ししているが、聞き手はこの商品の話を聞いて自然と「ゴディバのチョコレート」や「マカロン」などを思い浮かべるという。そして、「200円という価格は決して高くない」と言う。あられの比較対象をこうした高級菓子に引き上げたのである。