はじめに

「人」を前面に出してみる

「自分が成長したら、価格を上げる」――この視点は、技術を持つ人やフリーランスの人にぜひ知っておいてほしいものだ。

仮にあなたがピアノ講師をしていたとする。10年前に比べて、あなたのピアノ講師としての腕は格段に上がっているはずだ。だとしたら、その分レッスン料を高くしてもいいはずだ。

実はそうした値付けが自然に行われている業界がある。それは美容業界だ。同じ美容院の中でも、誰に担当してもらうかで価格が違ってくるのが当たり前だ。パーマ一つにしても、普通の人がやるかチーフスタイリストがやるかで変わってくる。これはつまり、「技術によって価格を決めている」ということだ。

本来であれば、こうした値付けはどんな業界でもできるはずだ。

たとえば工務店だ。以前、私の会の工務店の方に聞いた「壁塗り」についてのユニークな話がある。

壁塗りには技術が必要で、壁の種類によっては特定の技術を持った職人にしかできないものもある。同じ「壁職人」といってもその技術力には差がある。つまりは、お客さんに提供できる価値の違いがあるということだ。

そこであるとき、トップの技術を持つ職人とそれ以外の職人で、単価を変えてみたらどうだろう、という話になった。具体的にはそのトップの技術を持つ職人を前面に出して、特別価格を付けたのだ。

この工務店の顧客は注文住宅を建てる人が中心なのだが、工事の際にそのトップの職人自らが壁について説明する。そのプレゼンもなかなか見事なものだそうだが、その後、「この職人さんに頼む場合、平米当たりのお値段が少し高くなり、彼は引き合いが多く忙しいので、場合によっては時間もかかる」と説明する。

すると多くの人が「この職人さんにぜひ」という話になったという。中には半年待ってでもいいからこの人にやってほしい、という顧客もいたそうだ。

人を前面に出すことで、その人の積み上げてきた「価値」がわかる。そこにファンも生まれる。そして、その分、高い価格を払ってもいいという人が現れる。あなたのビジネスにおいてもその方法をぜひ見出してみてもらいたい。

「楽しさ」を加えると、価格が上がる

「顧客に意味のあるものを提供することが大事だ」というと、どうしても作り手としては「品質を高める」という方向ばかりで考えがちだ。しかし、「人」という視点があれば、それとは別の方法がいろいろと見えてくる。

キーワードは「楽しさ」と「体験」だ。

これも、事例を紹介しよう。福島県いわき市の渡辺文具店・パピルスの事例である。

この店では、あるメーカーのアルコールディスペンサーを売っていた。コロナ禍で一躍必須品になったあの商品である。

円筒形の本体部分からアルコール射出部分が平べったい大きなくちばしのように突き出て、その下に手をかざすとアルコールが噴き出すというものだ。あなたもあちこちで見かけるタイプだろう。同店でも、当初はそのまま店頭に設置してあった。

しかしある日、店主・渡邉寛之・瞳夫妻らは気づいた。「必ずお客様が立ち止まる場所で、お客様をワクワクさせない手はありません!!」

そこで行ったことは、このディスペンサーを飾ることだった。ディスペンサーをペリカンのような鳥に見立て、突き出した部分には黄色い紙を貼り、くちばしに。その根元には可愛らしい目を付け、本体の両側に羽を付けた。そして「テッテ君」と名前を付け、キャラクターにしつらえたのだった。

早速、来店客から「かわいい~」の声が上がったが、「お客様をワクワクさせる」作戦はさらに加速していった。テッテ君に服を着せ(もちろんその服も手作りだ)、季節ごとにその服を変えた。夏には頭に麦わら帽。ハロウィンの際には仮装。クリスマスにはもちろんサンタの衣装。正月には着物姿となり、かたわらには門松も置かれていた。

さらにこの店ではなんと、そのオリジナルデコレーションキットとアルコールディスペンサーをセットで販売することにした。

アルコールディスペンサーと着せ替えキットなどという商品にニーズがあるのかと思われそうだが、発売開始とともにすぐに注文が入った。どれもギフトだったという。

機能に「楽しさ」を加えると、商品の持つ「意味」が変わり、ギフトにもなる。そして言うまでもなく、単価もその分高くなる。

なんとも楽しい価格の上げ方である。

「体験」こそ最強

そこに体験が加わると、まさに最強だ。

前述したティナズダイニングの「アイヌジビエコース」は、単にアイヌ料理「チタタプ」を再現しただけでなく、「チタタプ、チタタプ」と言いながら小刀で叩いて調理するところにポイントがある。まさに漫画『ゴールデンカムイ』のシーンを体験できるわけだ。

だからこそ、店主の林氏はそこにこだわった。

まず叩くための小刀はその辺の市販品ではなく、本格的なアイヌのマキリ(小刀)を用意。鍋は囲炉裏に似合いそうな鉄鍋に、皿も雰囲気のある木の皿にした。また、アイヌの人たちは熊をキムンカムイ(山の神)と呼び、熊の姿をして毛皮や肉を持って良い人たちのところに現れると考えている。そうした文化的な側面を伝えたいと考え、それを綴ったテーブルナプキンを用意。

加えてアイヌの人が用いる刺繍の入った鉢巻を用意。お客さんには各々これをしめてもらい、「必ずチタタプ、チタタプと声に出しながらナイフで叩いてください!」とお願いする。

そこまでするお客さんが実際にいるのかといえば、いるどころか、みんな進んでそうする。なぜならお客さんはアイヌゆかりの鍋料理を食べに来ているのではなく、それを食することを含む「チタタプ」を体験しに来ているのだから。

ティナズダイニングは、新たな実験をスタートさせた。それは、完全予約制、阿寒湖の(一社)阿寒アイヌコンサルンと提携した、さらに本格的なアイヌ体験を提供する店だ。

予約した人には、来店前からさまざまなサプライズがあり(サプライズゆえ、ここでは明かせないが)、いざ食事のときには、あの「チタタプ」を含む本格的なアイヌ料理はもちろん、アイヌの雰囲気が体感できる、プロジェクションマッピングによる演出もある。そして食後にはそのコースを体験した証明書が発行される。

さらには、それを持って阿寒湖の阿寒湖アイヌコタンにある提携店舗を訪ねると、特別な待遇が受けられる。まさに、「チタタプ」好きには最強の体験価値だ。

このように、あなたが提供する商品やサービスに楽しさと体験を加えていくことで、より高い価格を喜んで払ってもらえるようになっていくのである。

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