はじめに

「5万円のおでん」に人が集まる?

ご存じの方も多いと思うが、世に「極端回避性」と言われるものがある。

たとえば、レストランで1万円のAコース、1万2000円のBコース、1万5000円のCコースを設定すると、多くの人がBコースを選ぶというものだ。つまり、真ん中のものが売れる。「松竹梅の法則」とも呼ばれる。

しかし興味深いことに、 商品に「楽しさ」「体験」を付け加えると、一番高いものが売れる ことが多い。まさに楽しさと体験は最強の値上げ要因となるのである。

例を挙げよう。大阪の老舗おでん店の「たこ梅」だ。日本最古のおでん屋として知られ、人気を博している。

そんなたこ梅が会員限定のコースを提供したのだが、その最高価格はなんと5万円。

もちろん、提供するのはおでんである。5万円となるとどんな高級食材を使うのかと思うかもしれないが、おでんはいつものおでん、そして名物のたこの甘露煮だ。

ただ、このコースには他にも付いてくるものがある。たこ梅オリジナルの錫上燗コップ(または錫焼酎コップ)に錫一合タンポ。錫ストラップにオリジナルTシャツ。さらには、たこ梅手ぬぐい、鯨てぬぐい、といった具合だ。

その名も「たこ梅応援暴走コース」。

実はこのコース、コロナ禍でも頑張っているたこ梅を顧客に応援してもらおうと、会員限定で行ったものだった。コースはおでんと甘露煮だけの5千円のものから、8千円、1万円、3万円、5万円と設定した。社長の岡田哲生氏は「まさか5万円が出るとは思いませんでした」と語る。

しかし、実際に5万円のコースを利用した顧客はいた。3万円はいなかったにもかかわらず。

このように、「楽しさ」「体験」が加えられると、往々にして最も高いコースを選ぶお客さんはいるものだし、こうして「ぶっ飛んだ価格」のものをやってみると、「まさか」が現実になり、作り手・売り手も、いい意味でタガが外れる。

「ぶっとんだ価格」で、顧客の意識が変わる

こういう例もある。山形県山形市の和菓子店「出羽の恵み かすり家本店」での事例だ。

その商品は「どら焼き」。価格はなんと「5280円」。ハート形になるとさらに500円増しとなる。店で通常販売しているどら焼きは180円くらいだというから、実に約30倍の価格。まさに「ぶっ飛んだ価格」である。

この価格の主な理由はサイズ。なんと重さ1.8キロのどら焼きだ。

想像がつくと思うが、利用するのはだいたいお祝い事だ。ほとんどの方が誕生日や還暦祝い、結婚式、合格祝いや入学祝いなどで利用する。それも誰かに贈るためだ。かくいう私も、弊会の創立記念日に会員のみなさんから送っていただき感動。このどら焼きの大きさとおいしさにさらに感動させていただいた。

同社社長・東海林文明氏は言う。「どら焼きを180円から200円にするより、4980円とありえない価格で勝負すると、お客様の思考が変化して、菓子の認識からプレゼント商品へと変化し、4980円の値段はさほど問題ではなくなる」。

そう。商品がより「楽しさ」や「体験」を生み出すものになると、お客さんにとって「意味」が変わり、内的参照価格が変わり、価格は消滅する。
そして同時に、作り手・売り手の意識も変化する。

ちなみに最初、どら焼きの価格を「5280円」と書いたのに、東海林氏の言葉の中で「4980円」とあるのは誤植ではない。昨年、この話を最初に聞いた際には、価格は4980円だった。それから今日までの間に、価格は300円も上がっていた。

そして現在、さらに1000円アップの6280円のバージョンを準備中とのことだ。

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