はじめに

嘘をついたFBI捜査官には「引導」が渡される

1972年のジリオ事件の裁判で最高裁が判じたのは、検察側の証人の性格・証言に疑義を生じさせる情報がある場合、検察官は陪審員・弁護人にそれを伝えなければならないということだ。警察官が証人の場合も例外ではない。ジリオ関係の資料には、証人のこれまでの犯罪記録だけでなく、検察側の証人全員の不祥事の記録も含まれていた。ヘンソン事件の裁判では、疑義を抱かせる可能性がある情報に関して、被告人側の要求があれば、政府は刑事裁判で証人として呼ぼうとする政府職員の人事ファイルを調査し、弁護側に提供すべき内容があるかどうか確認しなければならないという判決が下された。

すべては、ある特定の捜査官が信用できるかどうかという問題である。たとえば、捜査官が過去に出張経費の領収書を改ざんしたことがあるとわかれば、その捜査官が裁判で証人となる場合、必要に応じて改ざんの事実が開示されなければならない。

FBIは判例法よりもさらに踏み込んでいる。自分のファイルに疑義を抱かせる問題がある場合は、どんな案件であれ、一緒に仕事をする検察官にその問題を開示するよう職員に求めているのだ。

FBI捜査官には転勤があるので、地方局や連邦検事局の上層部には、どの捜査官にどんな問題があるのかがわかりにくいためだ。私がいた頃は、検察官は、必要な場合に捜査官の人事ファイルを閲覧することができたし、実際にそうしていたが、FBIはさらに一歩踏み込んで、職員は、証人として呼ばれるかもしれないと思ったときには速やかにカバンの中身を開示すべし、と決めたのだ。この〝反則は自分でコールせよ〞という責任の取り方もまた【FBI WAY】の1つの要素である。

ジリオ裁判とヘンソン裁判のこともあって、真実を隠し、宣誓に反して嘘をついたFBI捜査官には引導が渡されることになった。もしもそのような捜査官が刑事裁判で証人となることがあれば、検察はその捜査官のファイルを弁護人に開示しなければならず、弁護側は証人である捜査官が不正直だと疑義を申し立てるため、陪審員は捜査官の言動を何も信用できず、検察は裁判に負け、犯罪者が街に戻っていく、ということになるからだ。捜査官は裁判所にいるときだけ宣誓に従えばいいのではない。内部調査でも宣誓の下にある。

公用車に「子ども」を乗せてしまった捜査官

ある大きな地方局の若い捜査官の事例をお話ししたい。彼は一線を明らかに越えてしまったのだ。

連邦巡回区控訴裁判所が記したように(そう、捜査官はこの件をわざわざ連邦控訴裁判所まで持ち込んだのだ)、「FBIの覆面公用車を運転した際、当該捜査官は盗難車と思われる別の車両を停車させた」。FBI捜査官は一般的に車を止めたりしないということは別にして、問題はほかにあった。捜査官が、公用車に許可なく別の人物を乗車させていたのだ。それは捜査官の娘で、(いつも女児を迎えに行っていた)妻から仕事が長引きそうだと連絡があり、帰宅する途中で託児所に迎えに行ったところだったという。「止められた車の運転者は、捜査官に腹を立て、捜査官の上司に出来事を報告した」のであった。

捜査官が公用車を使用するのは、24時間いかなるときも職務を遂行し、呼び出しに応ずるためで、子どもを託児所に迎えに行くためではない。捜査官が娘を乗せたまま、激しい口論や高速カーチェイスに巻き込まれたらどうなるだろうか。公用車を不正使用したことと無許可で同乗者を乗せたことは、それぞれ30日以上の出勤停止に値する。

捜査官の上司は正しく行動し、指揮命令系統に従って報告を上げた。告発をもみ消そうとしたり、事故をうやむやにしようとしたりするのはFBIでは極めてまれだ。

職務責任局の2名の管理官が市民からの告発に基づいて調査を行い、捜査官から聞き取りを行った。捜査官が署名した宣誓陳述書にはこう書かれていた。

「公用車で娘を迎えに行ったのはこのときだけではありません。急を要する同様の事情が、1997年12月に一度、1998年1月にもう一度ありました。でもこれ以外、無許可で公用車に人を乗せたことは一度もありません。」

捜査官の陳述には1つ問題があった。FBI側の証拠と矛盾していたのだ。

誰が何日にその女児を迎えに来たかという託児所の記録と、捜査官の公用車が託児所の方向へ走行した時刻を記した通行料金徴収機の記録だ。その両方が、捜査官は少なくとも14回、もしかしたらもっとずっと多い回数、公用車を娘の迎えに使用したことを示していた。

私の指揮下にある裁定チームが、市民への不適切な停車指示、許可のない人物の同乗、娘を迎えに行った時刻と自分で退勤したとする時刻の比較に基づく勤務時間違反、宣誓した上の誠実義務違反などが記された調査報告書を確認。私たちは、その捜査官の解任を勧告した。

この若い捜査官は、彼が所属していた地方局の注目の的になった。彼の同僚たちは、今まで見たことがないくらい大々的な投書運動を始めた。

私の経験では、性格証人(人柄について証言する人)は、事件に関する事実をほとんど知らないことが多い。今回の場合も、職務責任局が事実を漏らさず、当の職員本人からしても全容を伝えるのはきまりが悪く口をつぐんでいたため、同僚たちが聞かされていたのは、一緒に働いていた、イイ奴がクビになるかもしれない、ということだけだった。それにしても、この支援運動は素晴らしかった。本部の私の机に届いた手紙にはこう書かれていた。

「この捜査官は、私が何年も見てきた中で、最も立派で、最も職務熱心で、最も尊敬できる家族思いの男であり、退役軍人です。」

私は記憶に刷り込まれるまで事実を分析した。捜査官の陳述を何度も読み返した。捜査官が公用車で娘を迎えに行った回数をごまかして、始めたばかりのキャリアを終わらせてしまったことが、ただただ信じられなかった。3回と14回の差は実質的には取るに足りない。もし正直に話していたら、どう転んでも60日から90日の出勤停止だっただろう。この捜査官は、調査官が集めた証拠を見ていなかったのか、わかっていなかったのかもしれない。尊敬されている捜査官であり退役軍人である男を、単純な記憶違いのために解任したくはなかった。

だが、証拠により彼が人をだます人物だと示されれば、FBIが彼をこれから20年も背負い続けることはできないこともわかっていた。私はそれまでユニット長として一度もしたことがなかったことをしようと決めた。その捜査官の地方局長に電話をかけて、問題の捜査官は解任の方向だと伝え、自分が直に聞き取りをしたいので彼をFBI本部に出張させてほしいと頼んだのだ。

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