はじめに
解任は「厳しすぎる」のか
私の要望を受けて、その捜査官はFBI本部に出張してきた。そして、約束の時間に、ピカピカに磨き上げた靴を履き、パリッとしたスーツを着て、散髪したばかりの髪をビシッと決めて、職務責任局オフィスのセキュリティ・ドアの前に現れた。
私たちは目立たない部屋を見つけて腰を下ろした。私は彼に宣誓させ、単刀直入に「私は裁定者であり、聞き取りは調査ユニットの仕事だから、内部調査で私が直接話を聞くために誰かに来てもらったのはこれが初めてだ」と切り出した。
FBIでは、内部調査機能と裁定機能は独立している。時間もかかり、方向も定まらない調査の間に気持ちを固めてしまった者ではなく、中立的・客観的な人物が懲戒処分を決定すべきだと考えるからだ。形式的なことでも客観性を疑われる可能性があれば、それを避けるのがFBI規範の重要な要素なのだ。
だが、この捜査官についての手続きは、完全に透明で正確なものにしたかった。誓約した上で誠実義務違反を犯せば解任できると定められていて、それを実行するのだから、この捜査官の行いについて、私には最大限のクラリティが必要だったのだ。
私は事の重大さを説明し、今回の行いは解任に値すると彼に告げた。公用車を不正使用した回数で嘘をついてキャリアを終わらせるのは残念だ、という趣旨のことも言った。託児所の記録、料金徴収機の記録など、私たちが持っていた証拠のすべてを並べて見せた。その結果、2通目の署名付き誓約陳述書では、公用車を不正使用した回数がもっと多かったことを知っていたにもかかわらず、「問題が大きくなることを恐れて」意図的に1通目の誓約陳述書に含めなかったことを認めた。嘘をついたことを認めたのだ。誠実義務違反により解任を勧告するしか選択肢はなかった。FBIの最も明確な一線だ。
退役軍人であるその捜査官には、連邦政府に雇用されているほとんどの退役軍人に開かれている不服申し立ての道があった。メリットシステム保護委員会(MSPB:Merit SystemsProtection Board)だ。MSPBは懲戒事案で退役軍人の側につくと言われていて、今回の事件を担当した審判官も例外ではなかった。
私は証言台に立ち、誠実義務違反の一線について説明した。私が証言台から離れる前に、審判官は私のほうを向いて次のようなことを言った。「(FBI長官の)ルイス・フリーに言ってほしい。君の一線は厳しすぎると」。審判官は聴聞会の後、捜査官の解任処分を覆した。
この時点になってFBIの弁護士たちは、この判決がこの1件だけの問題ではなく、FBIの規範に対する挑戦だということを理解した。そして、FBI法務局が、全委員による本委員会に上訴する。MSPBの本委員会は審判官による第一審の判決を覆したが、処分を「解任」から「120日間の出勤停止」へ変更した。当の捜査官は、これで仕事を辞めないで済むと安心するかと思ったら、取り得る手段はすべて使うとばかりに、連邦裁判所に提訴した。
しかしFBIも、規範に文句を付けられているからには退却するわけにいかなかった。
2002年1月28日、連邦巡回区控訴裁判所は判決を下した。「記録に含まれる十分な証拠により、(捜査官の)4月6日の陳述に誠実義務違反があったことが示されている」「これは陳述と真実の間の差異がわずかであったというだけの問題ではない」「捜査官が最初に認めた事案の回数は3回、1カ月後に追加で認めた事案の回数は12ないし14回であり、その差異が大きいことを勘案すると、実際には3回より多いことを捜査官は知っていたはずである」「FBIは捜査官に最も高度な誠実性を求めることができる」。裁判所は誠実義務違反があったことを認め、MSPBの出勤停止120日を支持した。より重要なことは、連邦控訴裁判所の判決で、何についての嘘であれ、嘘をついた職員をFBIが懲戒処分する権利が認められたことである。
なぜこの話をすることが大切なのか? 子どもを託児所に迎えに行ったことに対する懲戒処分について、FBIの弁護士がわざわざ合衆国連邦控訴裁判所まで出ていって規範を守る弁護活動をしたことに、あなたは驚かれるかもしれない。だが、この事件にはもっと大きな意味があった。FBIの規範、つまりコードを執行する権限への攻撃であり、その規範にアメリカ国民が寄せている信頼がFBIにとってどれほど大切かを示すものだった。
一般的な組織にありがちなのは、自分たちの最も重要な規範に文句を付けられたとき、コア・バリューを守るかどうかを費用対効果分析で決めようとすることだ。そのような組織は、作る価値がある規範は守る価値がある規範だ、ということをわかっていない。おそらく、その組織は、規範を作るときに、本当の意味でのクラリティを持っていなかったのだ。いちばん大切にしているものが何かを伝えるべきときは今だ。訳がわからない状況になってからでは遅い。