はじめに
在宅勤務により労働生産性が悪化している
しかし、長い目で見れば、今回はここで景気後退に至るまでの調整が今の米国の労働市場には必要だろうと考えます。それは単にインフレを抑制するという観点からではありません。あまり指摘されませんが、今の米国経済の問題点は労働生産性が極端に悪化していることです。労働者の働き方の効率が落ちている、労働の質が劣化しているといえるかもしれません。こうした状況が続けば、ゆくゆく米国経済の弱体化にボディブローのように効いてくる恐れがあるのではないかと思います。
ちょっと前までいわれていたことは、労働者が資本家に搾取されているということでした。トマ・ピケティ著「21世紀の資本」、ロバート・ライシュ著「暴走する資本主義」などは、資本家、経営者と労働者の格差拡大などを問題視してきましたが、ここにきて力関係が逆転しています。労働組合の組成は復活していますし、何より労働分配率が底打ちから上昇に転じています。労働者が優位に立ち始めたのです。もちろんきっかけはコロナ禍でしょう。
コロナが労働のありかたを変えた面もあります。例えばリモートワーク。経営者はオフィスに出てこいというが、従業員は行きたくないという。アップルが9月から週3日以上会社に来るよう従業員に伝えたところ、見直しを求める署名運動が起きました。従業員団体によれば、1000人超が署名したといいます。米調査会社のギャラップが2月に約7800人の米会社員に実施した調査でも、9割が完全な在宅勤務かハイブリッドを好むと答えています。
売り手市場なので労働者がわがままになっているように見えます。リモートで生産性があがればいいですが、ダラス連銀は、コロナ禍を受けた在宅勤務の増加で、米大都市での生産性が相対的に下がり続けているとの分析を示しています。
労働市場の調整は米国経済にとってチャンス
これは結構、根が深い問題で、「静かな退職(Quiet quitting)」と呼ばれる考え方が広がっています。実際に仕事を辞めるわけではなく、必要最低限の業務はこなすものの、仕事への熱意が低く会社への帰属意識も薄い会社員を指します。ギャラップが公表した調査によると、こうした従業員の割合が半数以上を占めたといいます。
「エンゲージメント(会社への帰属意識)」が高く、仕事にも熱意のある会社員の割合は32%と、2021年の調査(34%)より低下し、7年ぶりの低水準。一方で会社への不満を強く持つ人も18%と、前年比で2ポイント増加しました。ギャラップは残りの半数を「静かな退職者」とみなしています。相対的に熱意も不満も乏しい冷めた層です。
在宅勤務の広がりで、会社とのつながりが薄くなったことが背景にあるといいます。これがリモートで生産性が落ちている背景ではないでしょうか。
問題はこういう労働者を高い賃金で大量に雇わざるを得ない現状です。労働生産性は急低下する一方、労働コストは急上昇しています。これでは企業はもちません。
はじめのほうで述べたように、労働市場も調整が始まった兆しがあります。今回、米国景気がリセッションに至るなら、それはある意味、米国経済にとってのチャンスです。厳しいようですが人員整理を実施して、効率の良い働き方をするような組織を作り直すチャンスととらえるべきでしょう。