はじめに
経済毒性のよくある誤解
ここまでは経済毒性の基本をお伝えしてきました。医療現場を中心に、経済毒性の認知度が高まることで、一気に経済面の支援が進むのではとも思えるのですが、さまざまな意見が聞こえてきていることも事実です。
ここからは、よく聞かれる経済毒性にまつわる誤解に関する解説をいたします。
(1)「名称が合っていないのでは?」という誤解
経済毒性という名称からも、日本経済への副作用のように受け取られる方や、社会保障の問題と捉える方もいるでしょう。そして経済毒性の由来である“Financial Toxicity”の“Financial”は直訳では“金融”であるため、違和感を持つ方もいるでしょう。
しかし日本で経済毒性と決まったのは、患者さんやご家族の“経済的な負担”による“毒性”を意味するためです。意味のある意訳であることも一緒に知っていただけると、違和感は薄れるのではないでしょうか。
(2)「経済毒性にならないための備えが必要」という誤解
経済という文言が入っているためか、金額面だけの問題と誤解を受けやすいのですが、経済毒性というのは医療費の金額負担そのものを意味する言葉ではありません。
「がん治療は高額なお金がかかり、経済毒性が生じる」や、「これをしておけばがんになっても経済毒性にはならない」というような、がんになっていない方への不安を助長させる言葉としてではなく、患者さんの不安を早期にくみ取り、解決していくための言葉として広まれば、もっと患者さんが抱えるお金の不安を周りに打ち明けやすい世の中になるのではないでしょうか。
(3)「患者さんに経済毒性があると伝えなければならないのではないか」という誤解
経済毒性というのは、見た目では分かりにくいお金の不安について、制度やお金の情報を丁寧に説明していくことで、早期に不安が軽減されることを目指すための言葉です。患者さんやご家族といった当事者の方々は、血液毒性=「白血球の数値が下がった」、消化器毒性=「吐き気がある」、神経毒性=「しびれがある」といったように、経済毒性も「医療費や生活費のことで悩んでいる」と捉えてもいいのです。
医療者からも、患者さんに直接「あなたは経済毒性がある」と言う必要は無く、「経済毒性という研究が進んでおり、身体と同じくらい経済的にもつらい思いをしている方も増えている」といった伝え方をすることで、患者さんやご家族は、悩みが大きくなる前に打ち明けるきっかけにもなるのではないでしょうか。
経済毒性の有無にとらわれず、不安があれば確認を
患者さんやご家族といった、当事者の方は無理に経済毒性の有無を判断する必要はありません。「これからの医療費や生活費は大丈夫かな?」と感じた場合には、まずはかかりつけの医療機関で医療ソーシャルワーカーなど専門の相談員に公的な制度を確認するといいでしょう。
がん治療に力を入れているがん診療連携拠点病院では、「がん相談支援センター」が設置されています。そして、公的な制度では解決が難しいお金の不安が残っている場合には、患者支援を行っているFP(ファイナンシャル・プランナー)などに相談することをお勧めします。
<公的な制度では解決が難しいお金の不安の例>
・治療費と共に住宅ローンをどう支払っていけば良いのか
・継続的にかかる治療費をどう捻出したら良いか
・再発に備えるためにはお金をどう考えたら良いか
経済毒性の評価ツール「COST質問紙」や、COST質問紙に加えて患者支援FPの視点で家計面の評価を組み込んだ「経済面のチェックシート」を取り入れている医療機関もあります。患者さんやご家族で「これは不安なのかな?」「悩むほどのことなのかな?」と判断が難しい場合には、かかりつけの医療機関でツールを確認してみてはいかがでしょうか。
経済毒性の課題と今後の展望
がん治療の経済毒性の研究はここ5年で進み、広まりつつありますが、まだまだ医療者の認知度が低いことが課題です。
そして日本では、まだ患者支援が行えるFPの数が不足していることも課題です。筆者も、都道府県のがん相談支援センター相談員対象の研修や、がんの専門医が集まる学会でのセミナーでがん治療の経済毒性の対応策について講師を務めていますが、経済毒性に対応できる、患者支援を行っている専門のFPとの連携を望まれる声を数多くお聞きします。
なかには、公的制度では解決の難しい経済面のアドバイスまで医療者がワンストップで行えたらという意見もありますが、日々の業務に支障を来す上にリスクが伴うため、患者支援を行っている専門のFPと協働の要望が増えている背景から、患者支援を行えるFPの育成も始まっている、というのがここ数年の流れです。
患者さんやご家族が抱える、打ち明けにくい医療費や治療中の生活費の悩みについて、「経済毒性」というキーワードを通じて広まり、適切な支援を受けられるきっかけとなることを望みます。