はじめに

結局は取引先との力関係がモノを言う?

小島:有野さんがおっしゃるように、ハンバーガー屋さんからすれば、当然、仕入業者にはインボイス制度適格請求書発行事業者として登録してもらって、インボイスの登録番号が記載された請求書を発行してほしいと考えますよね。一方で、仕入業者側からすると、これまで「免税事業者」として消費税の支払いを免除されていたとしても、インボイスに登録することで仕入れ時の消費税を支払う必要が出てきます。

有野:免税事業者って、売り上げが1,000万円以下の会社ですもんね。なのに、売り上げの10%を追加で払わなあかんとなると、その分の売り上げが減る。難儀やなぁ。そら、インボイスに登録したくない、って気持ちになりますね。

小島:そうなりますよね。インボイスの登録は“任意”ですから、「登録しない」という選択もできるわけです。そこで、前回もお話した「圧力」の話につながるわけです。

有野:そうかぁ、腑に落ちました。仕入業者は、ハンバーガー屋さんから「君らの分の消費税も払わなあかんようになるから、インボイスに登録してくれ」って言われるかもしれへん、ってことか。面と向かってそう言われないとしても、「あっちの仕入先がインボイス登録したの知ってる?」って、言葉の“匂わせ”とかありそうやなぁ。

小島:ハンバーガー屋さんと仕入業者の例もそうですが、基本的に取引先が大手で、自分側が小規模事業者の場合、大手の思惑に対して断りづらいのが実情でしょう。仮に直接的にそう言われなくても「インボイスに登録しないと、取引を打ち切られるかもしれない」と、仕入業者側が勝手に思い込んでしまうのも無理はありません。特に、フリーランスや個人事業主の方々で、大企業を相手に取引をしていると、どうしても個人が弱い立場にあるケースが多いと思います。現実的には、力関係がモノを言いそうです。

有野:初めは、インボイスについて「面倒やけど会社から言われてるし、やらなアカンか」くらいの感覚やったけど、かなり根が深い問題なんですね。

小島:そうなんです。今回は「ハンバーガー屋さんと仕入業者」という、1対1の例で説明しましたが、実際には卸や仲卸業者、原材料の一次加工業者など、1つの商品やサービスに複数の会社が関わっているケースが多いですし、もっと複雑になりますね。大手は大手で、替えがきかない仕入先が「インボイスに対応しません」と言われると、仕入先の分の消費税負担が増えるので、利益に影響が出ることになります。

有野:そうか、ハンバーガー屋さんとはいえ、野菜農家、肉、パン、テイクアウトの箱って、仕入先は多いか。フリーランスや個人事業主だけじゃなくて、大手は大手で、いくら売り上げがあるって言うても、仕入先の面倒を全部見るのもねえ。売り上げが減ってきたら、真っ先に切るやろうしなぁ。でも、どうするのが正解かわからんなぁ……。

小島:ただ、今すぐ対応を決めなくても大丈夫です。先ほど「仕入税額控除」のお話しをしましたが、3年先、2026年の9月までは「インボイスに登録していない免税事業者からの仕入れでも、80%は消費税の控除が可能」といった特例が設けられるなど、ある程度の猶予期間は設けられています。

有野:そういえば前回、「すべての会社が慌ててインボイスに対応しなくても大丈夫」っておっしゃってましたね。

小島:そうなんですよ。現実として、「消費税を払うのは嫌だけど、仕事が減ったり、お客さんが減ったりするなら、やるしかないのかな」などと、揺れている事業者さんは多いと思います。インボイス未登録が表向きの理由ではないとしても、何らかの理由で発注を減らされる可能性がないとは言い切れないですからね。

有野:僕も、松竹芸能からインボイスやってくださいって言われてるけど、まだ様子見ときたいから、無視してしまおうかな(笑)

小島:有野さんは、これまで会社と積み上げてきた信頼関係があるでしょうし、対応しなかったとしても、すぐに関係がこじれるということはないと思います。ただ、同じ事務所の若手芸人さんに関しては、対応してもらわないと会社の税負担が増える可能性があるので、対応せざるを得なくなるかもしれませんね。

有野:インボイスに登録しないと、お仕事の営業が減るかもしれへんってことか。そうなると、やらなあかんやろなぁ……。

小島:芸能関係は大きく報じられやすいので、露骨に圧力をかけることはないと思います。ただ、今後2〜3年で会社と話し合いながら、探り探り動いていく感じになるのではないでしょうか。

有野:なるほどなぁ。でも、念には念を入れて、インボイス様子見組にヒコロヒーとなすなかにしも取り込んでおくか、会社との交渉は北野誠さんにお願いしよ(笑)

次回(9月19日配信予定)は「インボイス制度の企業・会社員・個人事業主への影響」について聞いていきます。

有野晋哉
1972年2月25日生まれ。大阪府出身。テレビやラジオ、CM、雑誌の連載などマルチに活躍。コンビで公式YouTube「よゐこチャンネル」も開設しており、幅広い世代から支持を得ている。自身が50歳を迎えた2022年に、お金にまつわる知識の大切さに目覚め、日々勉強中。

小島孝子
神奈川県生まれ、税理士。ミライコンサル株式会社代表取締役。1999 年早稲田大学社会科学部卒、2019 年青山学院大学会計プロフェッション研究科修了。大学在学中から地元会計事務所に勤務した後、都内税理士法人、大手税理士受験対策校講師、一般経理職に従事したのち2010 年に小島孝子税理士事務所を設立。税務や経理業務に関する執筆やセミナー講師の傍ら、街歩き、旅好きが高じて日本全国さまざまな地域にクライアントを持つ、自称、「旅する税理士」。著書に、『会話でスッキリ 電帳法とインボイス制度のきほん(令和5年度税制改正大綱対応版)』(税務研究会出版局)、『ちいさな会社とフリーランスの人のための どうする?消費税インボイス』(税務経理協会)、『3年後に必ず差が出る 20代から知っておきたい経理の教科書』(翔泳社)など。

ライター:新井奈央

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