はじめに

タイ政府は2月19日、2017年10~12月期と2017年年間の実質GDP(国内総生産)成長率を発表しました。結果は10~12月期が前年同期比4.0%増と、7~9月期(同4.3%増)からは減速したものの、2017年年間では前年比3.9%増と、2016年の3.3%増を上回り、5年ぶりの高水準を記録しました。

政治の安定と経済活動の本格化が、こうした高い成長率につながっていると思われます。加えて、タイが直近で力を入れようとしているのがデジタル産業の推進です。経済の現状とデジタル産業推進に向けたタイの動きを探ってみましょう。


国王逝去で喪に服す中での高成長

2016年10月にブミポン国王が逝去したことで、タイは2016年11月から2017年10月末まで国全体が喪に服していました。その点を考慮すれば、2017年のGDP成長率が5年ぶりの高水準であったことは、かなり評価できる好景気であったといえます。

低インフレが続いている中で、国内の消費マインドの好転につながっているほか、低金利が続いて製造業各社の設備投資が増加傾向にある点も、景気押し上げ要因になっていると考えられます。

そして、タイ経済のもう1つの牽引役が観光産業です。2017年10~12月期のタイへの外国人来訪者数は前年同期比19.5%増と、前期の6.4%増から大幅に増加しました。特に増加が目立っているのが中国です。

2017年10~12月の中国からタイへの来訪者数は前年同期比67.2%増と、国別では最大の伸び率となっています。伸び率の高さからみて、現在の中国ではタイ人気が盛り上がっているといえます。

なぜ中国人観光客が増えているのか

タイにおける中国人観光客数の増加は、中国人観光客そのものの規模が拡大していることが大きな要因ですが、それ以外に他国向け需要の減少も大きなポイントになっています。特に減少が顕著なのが、韓国と台湾です。

まず韓国ですが、中韓関係の冷え込みが深刻で、観光客の減少につながっています。きっかけになったのが、韓国政府が「THAAD(高高度ミサイル防衛システム)」を配備したことです。レーダー探知能力の高まりによって軍事情報などが筒抜けになるのではないか、と中国は強い懸念を示しています。

特に、THAADの配備地を提供したロッテグループが標的になっていて、ロッテマートの各店舗はいずれも閑古鳥が鳴いている状況。中国人の韓国離れの象徴的な店舗となっています。

もう1つ、中国人観光客の減少が目立つのが台湾です。現在の蔡英文政権は、中国が主張している「1つの中国」という考え方を認めておらず、これに対して中国側は不満を示しています。

2008年に中国から台湾への団体旅行を解禁して以降、中国にとって台湾は人気の海外旅行先の1つでした。しかし、中台関係の冷え込みによって、直近は中国と台湾の往来がめっきり減少しています。

この韓国と台湾向けの需要減少分を取り込んでいるのが、タイなのです。中国との関係が良好で、政治的にも安定しており、かつ、中国と陸続きであるという点から、タイが選ばれていると推察されます。韓国、台湾とも冷え込んでいる対中関係が早急に改善することは考えにくく、当面、タイの観光市場の中では中国が牽引役を果たしそうです。

ポスト観光業へ高付加価値産業を育成

直近のタイ経済では観光関連産業の好調さが最も目立っていましたが、政府は製造業の振興も重要な政策方針として取り組んでいます。この政策が「タイランド4.0」と称した政策で、高付加価値産業の育成を進めようとしています。

中国も規模重視の姿勢から中身重視の方針に転換しており、中国とタイはともに中進国になっているものの、足元では伸び悩み気味。こうした状況からの打開を図ろうとしている点でも共通しています。

新たに注力しようとしている産業の1つにロボット産業が挙げられていますが、こちらも人件費の高騰や人手不足、高齢化の進展などの点で、タイを取り巻く状況と中国の状況は似通っています。今後、タイ経済は、今やIT先進国となっている中国を手本にしながら、デジタル産業政策を推進していくと思われます。

これまで、アジアの新興国には、技術力やブランド力の面で世界的に評価できるような企業はほとんど見当たりませんでした。しかし、足元の状況を踏まえれば、今後はタイからも注目企業が出てくる可能性がありそうです。

(文:アイザワ証券 投資リサーチセンター 明松真一郎)

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