はじめに

コインチェック社における仮想通貨NEMの流出騒動など、ここ最近の経済界・金融界では、仮想通貨の話題に事欠かない状況が続いています。

そんななか世界各国から聞こえてくるのは、少し乱暴に言うならば「中央銀行版のビットコイン」を検討する動きです。つまり国家が発行し、必要ならば法的な裏付けも行い、ブロックチェーンなどの最新技術も導入する新しいデジタル通貨――ここでは便宜的に「官製デジタル通貨」と呼びましょう――を模索する動きがあるのです。なかには、そのような新通貨の運用を始めた国すら存在するほどです。

この記事で注目したいのは、そんな官製デジタル通貨の「命名」に関する事情です。世界中で官製デジタル通貨の命名が行われているのですが――例えばロシアの「クリプトルーブル」やベネズエラの「ペトロ」など――その命名にはいくつかのパターンがあるのです。しかもその命名パターンの中には、新通貨の特徴・背景を如実に示すものも存在します。

今回は、官製デジタル通貨の命名事情を分析してみましょう。


官製デジタル通貨を表す「新語」の登場

本題の前に、官製デジタル通貨をとりまく事情をおさらいします。

中央銀行がデジタル通貨を発行することのメリットはいろいろあります。まず貨幣の発行・ハンドリング・保管などの「コストが低減できる」こと。ちなみにシンガポールでは、紙ベースの決済コストがGDPの0.52%に及ぶとの試算もあるようです。また中央銀行が「金融政策の影響力」を維持できることもメリットとされます。

このほか「マネーロンダリングの防止」や「金融取引の透明性確保(公平な徴税)」などのメリットも考えられます。

一方でデメリットに関する指摘もあります。例えば「銀行業態への圧迫に繋がる」との意見もあるそう。

デジタル通貨の場合、貨幣の保管や移動などが簡単になるために銀行の存在感が薄れてしまう、と懸念する向きもあるのです。また「現状の仮想通貨は法定通貨を脅かすほどのポテンシャルを持っていないので、慌てて法定通貨のデジタル化を検討する段階ではない」とする立場もあります。

世界各国の中央銀行は、自国の通貨や経済が置かれている状況とも照らし合わせながら、以上のメリットやデメリットを比較検討している状況です。もちろん比較検討の結果、官製デジタル通貨の導入に難色を示している中央銀行も少なくありません。しかし一方で、官製デジタル通貨の検討・計画・実施に踏み切った中央銀行もあります。

この状況を受けてか、BIS(国際決済銀行)は官製デジタル通貨のことを「CBDC」(central bank digital currency)との略語表記で呼ぶようになりました。そんな専門用語が登場するほど、官製デジタル通貨はホットな話題なのです。

官製デジタル通貨の命名方法

パターン1:「国名」で命名する

各国で検討・導入が進む官製デジタル通貨。その命名の方法には、いくつかのパターンがあります。筆者独自の分類では、5つのパターンがありました。

その最初のパターンが、「国名」で命名する方法です。

例えばスカイプ発祥の地でもあり、電子政府分野の取り組みで世界最先端を走るとも言われる国、エストニアもそのひとつ。同国は「エストコイン」(Estcoins)と称するデジタル通貨の導入構想を持っていることを明らかにしています。

またアラブ首長国連邦(UAE)の構成国のひとつ、ドバイでは「エムキャッシュ」(emCash)と呼ばれるデジタル通貨の導入を明らかにしました。このemCashのうちemの部分は、emirates(エミレーツ)の略。直接的には同サービスを提供する政府出資ベンチャーやそのサービスの名前に由来するのですが、もともとは「首長国」を意味します。そういえばドバイにはエミレーツという名前の航空会社がありますね。

さらにはトルコにも「トルココイン」(Turkcoin)と呼ばれるデジタル通貨の発行を検討する動きがある、とする情報があります。このように国名は命名手法におけるスタンダートのひとつなのです。

パターン2:「中央銀行名」で命名する

ふたつめのパターンは「中央銀行名」で命名する手法です。もう少し正確に言うならば、中央銀行の「略称」が、デジタル通貨の名前として引用されるパターンです。

その代表例はオランダでしょう。オランダの中央銀行は、日本語で「オランダ銀行」と呼ばれるのですが、オランダ語では「De Nederlandsche Bank」と呼ばれます。略称は「DNB」です。そのDNBが「DNBコイン」(DNBcoin)の研究・開発に取り組んでいると明らかにしています。

このほか、あくまで噂レベルの話ではありますが「米国の中央銀行である連邦準備銀行(Federal Reserve Bank、FED)が、法定デジタル通貨の検討を進めているのではないか」とする憶測もあります。ここ最近、経済系メディアの間で燻り続けている噂です。その憶測上の通貨が「FEDコイン」(FEDcoin)と呼ばれることも多いようです。

ともあれ官製デジタル通貨の命名パターンの中には、「中央銀行名」を引用するパターンにも存在感があります。

パターン3:既存の「通貨名」で命名する

3つめのパターンは「既存の通貨名」をアレンジする命名方法です。

代表例はスウェーデンが発行を検討している「eクローナ」(e-krona)でしょう。もちろんe-は電子(electronic)を意味する接頭語。クローナ(krona)はスウェーデンの通貨名です(EU加盟国だがユーロは導入していない)。ちなみにスウェーデンは、世界の中でもキャッシュレス化が最も進んでいる国ともいわれます。もしeクローナの導入・普及が進んだ場合、同国は「完全キャッシュレス化」を実現する可能性もあります。

またウルグアイでは「eペソ」(E-Peso)の試験運用をすでに開始しています。この場合のペソは、もちろんウルグアイ・ペソ(Peso Uruguayo)を表します。

さらにロシアでも、「クリプトルーブル」(Crypto-Rouble)と呼ばれる官製デジタル通貨の導入が検討されています。このうちルーブル部分は、もちろんロシアの通貨ルーブル(Rouble)のこと。一方のクリプト(crypto)部分は「暗号」を意味する接頭語です。つまりこれは「暗号通貨(crypto currency)の技術を用いたルーブル」を意味するわけです。

このように官製デジタル通貨の名前には「何らかの接頭語」と「既存の通貨名」を組み合わせる命名パターンも少なくありません。

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