はじめに
駄賃の意味は「運賃」から「ちょっとした褒美」へ
現在、駄の字がつく熟語の多くには、粗悪・つまらないという意味が存在します。
例えば「駄文」とはつまらない文章のこと。「駄作」とはつまらない作品のこと。「駄目」とは無益・禁止・不可能などのこと(本来は囲碁用語)。「駄菓子」は安価で素朴な菓子のこと。「駄洒落」とはつまらない洒落のことを意味します。余談ながら「つまらない駄洒落をいう」という表現は、厳密に言えば重言(じゅうげん、頭痛が痛いの類)になるのかもしれませんね(そのような表現を批判する意図はありませんので念のため)。
そして冒頭で紹介した駄賃という言葉も、本来は「荷馬に荷物を載せるための料金」のことを指したのですが、現在では「ちょっとした労力に対して与える金銭、つかい賃。特に、子供へのごほうび」(広辞苑・第七版)を意味するようになりました。日本国語大辞典が確認した範囲での、この意味の駄賃の最古の用例は江戸時代後期に登場しています(人情本「英対暖語」)。
当て字の駄(1)下駄
以上で駄の字に関する大方の説明は終わったのですが、駄が登場する熟語の中には、ここまでの説明では意味が分からないものも存在します。最後にそのような「例外の駄」について説明しましょう。
ひとつ目は「下駄」(げた)の駄です。下駄といえば、木の板でできており、二枚の歯と鼻緒(はなお)が付いている履物のことですね。「人を載せるから駄の字を使っているのでは?」「ひょっとしたら下駄が下等な履物と見なされていたかも」とも想像するのですが、実際の事情は少々複雑です。
実は下駄はかつて「足駄」(あしだ)と呼ばれていました。中世よりも前の話です。そしてこの足駄という表記が、どうやら「当て字」らしいのです。足駄の語源は、断定を避ける文献もありますが「足板」(あしいた)なのだそう。この「あしいた」が「あしだ」になり「足駄」という漢字が当てられた――というのが、事の経緯であるようです。
ひょっとしたら昔、当て字を適用しようとした人のなかで「人を載せるものだから」「下等な履物だから」との連想も働いたのかもしれませんが、今となっては推測の域を出ることができません。
当て字の駄(2)無駄と駄駄
当て字の「駄」が登場する熟語は、下駄のほかにも「無駄」や「駄駄」もあります。
まず無駄といえば、無益などを意味する言葉ですね。この言葉の語源には諸説あるのですが、一説には「空」(むな)の変化した形ではないかとも言われています。「空しい」(むなしい、空疎・無益・不確実・無実などの意味)の「むな」が「むだ」になったというのです。その「むだ」に無駄という漢字が当てられ、現在の形になったとされています。これは駄の持つ粗悪なイメージとも合致している当て字であるように思えます。
もうひとつ「駄駄を踏む」「駄駄をこねる」の駄駄も、実は当て字なのだそう。このうち「駄駄をふむ」の方の駄駄は、じたたら(足でふむふいご)→地団駄(じだんだ、足を踏みつける動作)からの変化で、やはり駄の字は当て字。いっぽう「駄駄をこねる」の駄駄は、諸説ありますが擬音語の変化との説があります。そしてこれもまた、当て字なのです。確かに駄駄=わがままとは、つまらぬ主張であるとも言えそうですね。
――ということで、今回は駄賃の「駄」について紹介しました。「駄賃の駄の字の中にお馬さんが潜んでいる理由は、駄が荷馬を意味しており、駄賃が運賃を意味していたから」というお話でした。