はじめに

「算盤に掛ける」~打算に関連する表現~

さて算盤は“打算”を表現する際にもよく登場します。単に数字の計算や、収支の計算をするだけなく、数字では表しきれない“損得一般”を考えるような状況のことです。

代表例は、冒頭でも登場した「算盤尽く」(そろばんづく)。これは損得を事前に十分計算して事に当たることをいいます。またかつては「算盤高い」(そろばんだかい)という表現もありました。これは現代で言う「計算高い」と同じ意味です。もうひとつ「算盤に掛ける」という表現も存在しました。これもまた打算的な様子を意味する慣用句でした。

「胸算盤」(むなそろばん)は現代でいう「胸算用」のこと。心の中で見積もりを立てることを意味します。似た表現に「算盤穿鑿」(そろばんぜんさく)もあります。この場合の穿鑿(せんさく)は「よく検討すること」を意味します。

以上のような打算が成功に繋がる様子は「算盤で錠(じょう)が開く」と表現します。逆に打算が外れてしまった場合は「算盤外」(そろばんがい)と表現できます。いまでいう「計算外」「想定外」のことです。

「算盤絞り」~似た外見を表す表現~

ところで算盤が登場する表現の中には、“用途”ではなく“見た目”に注目した表現もあります。

例えば手ぬぐいなどに見られる「算盤絞り」もそのひとつ。これは、算盤の珠が多数並んでいるような柄を作る、絞り染めの手法を指します。これと似た染め方(あるいは柄)には「算盤縞」(そろばんじま)というものもあります。こちらは縞模様と珠模様が組み合わさった柄を指します。

一方、江戸時代の拷問方法のひとつに「算盤責め」(そろばんぜめ)というものもありました。別名である「石抱き」(いしだき)という言葉を聞けば「時代劇でよく見る拷問だ」とお気づきかもしれません。これは、断面が三角形である木材を敷き並べ、その木材の上に対象者が正座の姿勢で座り、その膝の上に重たい石版を何枚も重ねるという強烈な手法でした。その敷いた木材が算盤の見た目に似ることから、算盤責めという別称も持っていたわけです。

算盤が身近な道具だったことの現れ

このほかにも、算盤による計算で吉凶を占う「算盤占い」、算盤を使った賭けを意味する「算盤引」(そろばんひき)、算盤を弾く子どもの姿をした妖怪である「算盤坊主」または「算盤小僧」など、面白い表現がまだいくつもあるのですが、今回はここまでとしましょう。

今回紹介した通り、日本語の言葉・慣用句には算盤に由来する表現がたくさんあります。そのなかには現代では見聞きしなくなった表現もありますが、一方で「読み書き算盤」「算盤尽く」「算盤を弾く」「算盤が合う」のように生き残っている表現もあるのです。かつての社会において算盤がいかに身近な存在であったのか。そのことを、言葉を通じて理解できるのではないでしょうか。

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