はじめに

ちょうどお盆休みが始まろうという頃、株式市場は激震に見舞われました。米国のトランプ政権が表明したトルコに対する制裁関税方針でトルコリラが2割も急落した「トルコ・ショック」です。動揺は瞬く間に世界の株式市場に広がり、日本株も急落しました。

日経平均株価は25日、75日、200日の移動平均線をすべて下に抜け、下値メドが見えない状況になりました。まさに相場は悲観ムード一色でした。無理もありません。リーマンショックから10年、トルコ・ショックは新たな金融危機の引き金になりかねない、という論調まで市場の一部でささやかれていたのですから……。


ジャクソンホールの講演でリスクオンに

ところが、です。株式市場の下落はそこまででした。相場はすぐに反発に転じ、トルコ・ショック前の株価水準を取り戻しました。トルコ・ショックの原因となった米国とトルコの関係がなんら改善していないにもかかわらず、です。

ただトルコ・ショック前の株価水準に回復しただけではありません。米国のS&P500とナスダック総合指数は史上最高値を更新、日経平均も一時2万3,000円の大台に乗せ2カ月半ぶりの高値をつける場面がありました。これではまるでトルコ・ショックなどなかったも同然です。

もちろん、これらの株価上昇の背景には、カンザスシティー連銀が主催する経済シンポジウム、通称「ジャクソンホール会議」でのジェローム・パウエル米FRB(連邦準備制度理事会)議長の発言に負うところが少なくありません。

パウエル議長はジャクソンホールの講演で、米経済の成長基調が続くなら「政策金利の一段の緩やかな引き上げが適切になりそうだ」と述べました。これだけなら従来通りですが、さらに「物価が2%を超えて加速する明確な兆しは見えない」と発言、利上げペースを速める考えがないことも示唆したのです。このパウエル議長のハト派的な発言が市場にリスクオン・ムードをもたらしました。

「トルコ・ショック」は伝播しない

しかし、パウエル発言がなかったとしても、相場はすぐに落ち着きを取り戻していただろうと思われます。なぜなら、トルコ・ショックは冷静に考えれば、大きな「危機」にはつながらないということがわかるからです。

トルコの世界のGDP(国内総生産)に占める比率は、わずか1%程度。トルコ経済がおかしくなっても世界全体への影響は限られます。

確かに、トルコよりはるかに経済規模の小さいギリシャが発端となった「ギリシャ・ショック」は世界の金融資本市場を揺るがし続けたではないか、という反論があるかもしれません。しかし、それはギリシャ・ショックが欧州債務危機へと発展したからです。

では、今回のトルコ・ショックが他の新興国へ伝播するリスクはないのでしょうか。実際に、為替市場でアルゼンチンやブラジルなど新興国の通貨下落が止まりません。しかし、新興国の通貨下落は、トルコリラ安が拍車をかけた面はあるにせよ、米国の利上げを本質的な要因とした年初からの基調的なものです。

特にアルゼンチンやブラジルは政治や経済に問題を抱えており、そこを突かれた通貨安です。そもそも、今回のトルコ・ショックは、エルドアン大統領の独裁政治と米国の対立が生んだ非常に個別性の強いものです。他の国へ伝播のしようがありません。

ETFはむしろ資金流入に

新興国から資金が逃げている、という報道も目にしますが、通貨が安くなっていること以外では確認できません。少なくともETF(上場投資信託)からは資金の流出はありません。

iShares JPモルガン・エマージング・マーケット債券ETFでは、トルコ・ショックが起きた週は確かに7,400万ドルの流出となりましたが、その後2週連続で流出額の3倍近い2億1,100万ドルと2億0,200万ドルの流入がありました。株式のiShares コアMSCIエマージング・マーケットETFでは流出は一切なく、8月24日の週に1億2,400万ドルの流入となっています。

ETFの場合、市場での需要が高まると新規設定のニーズが生まれ、そこでキャッシュフローが発生します。したがって、ETFをショート(空売り)したい需要の高まりでも資金流入となることがありますが、それでも資金が現物の株や債券に投じられることに違いありません。

また、空売りが成り立つのは、それに買い向かう相手がいるからです。為替市場では確かに通貨安ですが、資産市場では新興国からの資本流出は起きておらず、むしろ逆張りで流入しています。

私たちは「〇〇ショック」とか「○○危機」という言葉に過剰に反応してしまいがちですが、そんな時こそ冷静に事態を眺めることが必要です。その時大事なのは、「ショック」ではあるが「危機」になるかという点。「ショック」であっても「危機」ではない、という例はたくさんあります。

裏を返せば、それだけ頻繁に株式市場では「ショック」が起きるという事です。「危機」にはならないという見極めができる「ショック」ならば絶好の買い場で、今回のトルコ・ショックがその好例です。

(文:マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木隆 写真:ロイター/アフロ)

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