はじめに
ハワード・マークス氏の新しい著書『市場サイクルを極める 勝率を高める王道の投資哲学』(日本経済新聞出版社)が発売されました。ハワード・マークス氏と言えば、米国有数の運用会社、オークツリー・キャピタルの創業者・会長であり、あのウォーレン・バフェット氏が絶大な信頼を寄せる投資家です。
なにしろバークシャー・ハサウェイの株主総会で、マークス氏の前著『投資でいちばん大切な20の教え』を出席者全員に配布したというのですから、バフェット氏がいかにマークス氏の考え方に共感しているかがわかります。
そんな稀代の投資家、ハワード・マークス氏の投資哲学が詰まった『市場サイクルを極める』の中から私たちが市場と向き合う時に参考にするべきポイントをいくつかご紹介しましょう。
「歴史は繰り返さないが、韻を踏む 」
マークス氏は、市場の値動きは、投資家の心理が強欲から恐怖へと揺れ動く「振り子」ですべて説明できるといいます。その「振り子」の動きこそ「市場のサイクル」というわけです。
マークス氏によれば、マクロ環境の予測はできないといいます。ただ、「この先どうなるかは知る由もないが、いまどこにいるかについてはよく知っておくべきである」と述べています。そして本書の中で、マーク・トウェインが言ったとされる「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」という言葉を引用します。この言葉に本書のエッセンスが凝縮されています。
「それぞれのサイクルは、その原因や細部、タイミングや振れ幅の面でさまざまに異なるが、浮き沈み(そして、その原因となるもの)はいつまでも生じつづけ、投資環境の変化、そしてその結果、必要となる投資家の行動の変化をもたらすのだ」
(ハワード・マークス著『市場サイクルを極める 勝率を高める王道の投資哲学』)
つまり、細かいところは異なるけれど、根本にあるテーマやメカニズムは普遍的だということです。そして、そうしたテーマは繰り返される傾向が強いといいます。この傾向を理解し、繰り返された場合に気づけるかどうかが、この「市場サイクル」という概念でもっと重要なポイントになります。
現在は3年前の繰り返し?
実はいま私たちは、その「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」現象に直面しているのかもしれません。相場の格言には、「小回り3ヶ月、大回り3年」というものがあります。中長期的に見て、3年がひとつの市場サイクルだと昔から捉えられてきました。今の株式市場は今年2回目の大きな調整局面を迎えていますが、これはちょうど3年前、2015年~2016年の相場の再現のような気がします。
当時を振り返ってみましょう。2015年は夏に人民元が突然切り下げられたことをきっかけに世界同時株安が起きました。いわゆるチャイナショックです。その後、年末にかけ相場は持ち直しましたが、チャイナショックからおよそ半年後、2016年の年明けから再度急落に見舞われました。その背景は原油安でした。
今年の世界同時株安も2月に起きた後、8ヶ月ほど経った10月に2度目の急落を迎えました。やはり今回も原油安を伴った株安である点も2015年~2016年との類似点です。2016年の年初急落のあとに何が来たか?そう、BREXITショックです。英国が国民投票でまさかのEU離脱を選ぶというサプライズで、日本株は大幅安となりました。
中国不安、原油安、BREXIT――。 2015年~2016年に相場を揺らした材料とまったく同じ状況に現在の相場は直面しています。いま英国のEU離脱交渉はまさに年末年始にいくつものヤマ場を迎えます。ハードBREXITが避けられないとなれば、株式市場への影響も軽微なものでは済まないでしょう。警戒が必要です。
3年前と異なる点は?
しかし、ここで「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」をもう一度、考えてみましょう。「細かいところは異なるけれど、根本にあるテーマやメカニズムは普遍的だ」と述べましたが、逆も真なりで、「根本にあるテーマやメカニズムは普遍的だけど細かいところは異なる」のです。
仮にハードBREXITとなっても、今回はある程度そのリスクを織り込んできました。3年前のサプライズとはサプライズの度合いが違うと思われます。そのため、一時的に大きな波乱となってもBREXITを材料とした相場の調整は長くは続かないものと思われます。
(文:マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木隆 写真:ロイター/アフロ)