はじめに

トランプ大統領が募らせた“焦り”の根因

その大きな背景は、アメリカ国民のおよそ4分の1を占めるアメリカ最大の宗教勢力、キリスト教福音派へのアピールでしょう。彼らの信仰の柱とも言えるのが「ユダヤ人国家イスラエルは神の意志で建国された」とするイスラエルへの支援なのです。

キリスト教福音派は前回の大統領選でトランプ氏当選の原動力となりました。その見返りが、エルサレムの首都認定と米国大使館の移転でした。福音派との蜜月関係の維持が、再選を狙うトランプ大統領の必須の課題です。

ところが、福音派の有力誌『クリスチャニティー・トゥデイ』は先月掲載した社説で、弾劾訴追されたトランプ氏の罷免を主張しました。同誌は、トランプ氏が政敵の評判を落とすために外国首脳に働き掛けたことは「憲法違反というだけでなく、極めて不道徳だ」と批判したのです。これにトランプ大統領は焦りを感じたのだと推測されます。

大統領選が行われる今年最初のトランプ氏の集会は、フロリダ州マイアミの教会でキリスト教福音派を集めたものでした。その集会が開催されたのが3日、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したのと同日です。

イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害し、イランとの対立の構図を際立てることで、イランと敵対するイスラエルへの肩入れ姿勢をアピールしたのではないでしょうか。

対立が早期に収束すると考える根拠は?

今回の背景があくまでもトランプ大統領の選挙対策であれば、本格的なイランとの開戦は望まないでしょう。大統領選の時期に戦争で、兵士といえども多くの国民を戦火にさらすのは批判を招くでしょうから、そのような事態は避けたいはずです。

イランにしても、米国と本格的な戦争に乗り出す余裕はありません。まず圧倒的な軍事力の差からして互角に戦えないのは誰の目にも明白ですが、それ以上にイランの内政が揺らいでいて、過去最悪ともいえるデモが頻発しています。国内が揺らいでいるので、とても国を挙げて米国と戦える状況にありません。

反政府デモは、米国の経済制裁による生活苦が背景です。ガソリン価格の高騰から、デモが激しさを増しました。そう考えると、ここで米国と対立し、さらに原油価格が上昇すると、それはイラン国内の不満を一層高め、イランの統治体制が内部から崩壊する可能性にもつながりかねません。

こうした状況を勘案すれば、米国・イラン双方とも妥当な落としどころを探りたいのが本音だろうと思われます。それが、この対立も早晩収束に向かい、市場も落ち着いてくるだろうというメインシナリオの根拠です。

<文:チーフ・ストラテジスト 広木隆>

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