中学受験に関する数字を森上教育研究所の高橋真実さん(タカさん)と森上展安さん(モリさん)に解説いただく本連載。

今回の新型コロナによる影響で、中学受験を控えたご家庭では、何を基準に子どもの学校を選べば良いのか悩んでいるのではないでしょうか。日本の学校教育は、明治初期から現在に至るまで、スペイン風邪や関東大震災、二度の大戦といった困難期にこそ発展を遂げてきました。

今こそ100年以上を生き延びた私立学校を紐解くことで、私たちが求める"教育へのヒント"が見つかるのではないでしょうか。

今回の中学受験に関する数字…102校


日本の激動期に学校の設立が相次いだ

<タカの目>(高橋真実)

今回の数字は102校。これは首都圏の私立中学で創立100年以上の学校の数です。私立中学創立の時期は、大きく3つの山があります。

1つめの山は明治時代初期。明治維新後の新しい社会にふさわしい教育を目指す学校の創立が相次ぎました。開国後、布教活動のために来日したキリスト教修道士・修道女、宣教師が始めた学校も少なくありません。

都内では、築地にあった外国人居留地(現在の明石町)に宣教師などが開いた学校の多くが創立されました。女子学院、立教学院、青山学院の前身が明治初期にこの地で産声をあげています。

2つめの創立の山は大正時代です。子どもの主体性を大事に、自由で生き生きとした教育を目指す大正自由教育運動の実践の場として相次いで学校が創立されました。この運動は欧米での新教育運動の影響を受けたもので、成城学園、成蹊学園、自由学園はそうした学校の例です。

大正期には他にも多くの学校が創立されました。そこには2つの理由があります。1つは、日露戦争、第一次世界大戦を経て国際的に存在感を増していった日本を支える人材の育成が求められていたことです。

今回のコロナ禍でも話題になったスペイン風邪の大流行は大正時代。関東大震災もあった激動の社会の中を生きるための、新たな女子教育が必要とされていたことがもう1つの理由です。こうした背景の中、裁縫などを教える技芸学校が登場しています。

3つめの山は第二次世界大戦後です。新しい民主主義社会にふさわしい教育を目指して学校が創立されました。同じ慶應義塾大学の付属校でも、男子のみの普通部は1898年創立ですが、共学の中等部は「新しい時代に自由な学校」を目指し1947年に創立されています。

日本にとってこの100年は戦争、いくつもの恐慌、大規模な自然災害と、非常に多難な時代でした。こうした中、学校を守り伝えてきた人たちの苦難ははかり知れないものがあったことでしょう。

学校創立の時代背景は、建学の精神や教育理念に反映され、それらは今もそれぞれ学校の教育の柱となっています。近年は学校改革によって生まれ変わる学校もありますが、こうした歴史によって形作られた校風は意外に深く根付いているものです。

志望校を選択するにあたって、こうした創立の時代、学校の歴史も、理解を深めるカギになるのではないでしょうか。