はじめに
教会の賛美歌集がペインだった
―接着剤の開発が、どのようにしてポスト・イット®製品に転じられたのでしょうか?
坪井 :ポスト・イット® 製品の粘着剤の開発は、1968年、3Mの科学者で、接着剤の研究をしていたスペンサー・シルバーという人物によるものでした。当時偶然開発された粘着力が弱く、再剥離性を持つ粘着剤は、「何にも使えないじゃないか!」と、この接着剤はお蔵入りになります。
約6年後、前述のスペンサー・シルバーとは別の研究員で、敬虔なクリスチャンだったアート・フライという人物が、教会で賛美歌を歌う際、賛美歌集のページをめくるたびにしおりが落ちることに対し、苛立ちを覚えていたようです。
さらに「ページを破ることなく、紙にくっつくしおりがあればいいのに」と思いたち、その不満を社内共有したようです。そこで6年前にお蔵入りになった粘着性の弱い接着剤(粘着剤)の話と結びつき、ここで「付箋」というものを思いついたようです。
メモノートとしては「失敗」、オフィスユースに活路
―開発当初から、現在のようなクオリティだったのでしょうか。
坪井 :いえ、技術は日進月歩なので、当時と比べたら今の商品のほうが断然優れているのですが、コンセプトや使い方は大きな差はなかったと思います。
この「付箋」は「他にも何か使えるんじゃないか」と思い立ったスペンサー・シルバーとアート・フライは、「全く新しいメモノートになるだろう」と、1977年にアメリカの4大都市で大々的なテスト販売を実施しました。すでに3M社内では「付箋」の評判が良かったので、「きっと素晴らしい結果が出るはずだ」と思っていたのですが、予想に反して報告書の内容はさんざんな結果でした。
―また「失敗」ですね。
坪井 :ただ、この頃のテスト販売と同時にサンプル提供をいくつかの会社の秘書の方に行っていたところ、試した方の9割の方から「本格的な製品化に至ったら絶対購入したい」という回答をいただいたそうです。
そこでオフィスユースには活路があることを見出し、1980年にポスト・イット® ノートを全米で発売しました。発売後は、大規模サンプリングなどのマーケティング活動を通じて広まっていきました。というのも、商品自体に宣伝効果があり、誰かに渡す資料にメモを書いてポスト・イット® ノートを貼ると、それを受け取った人は必ず「これは何?」と好奇心を持ちます。しかも、そのポスト・イット® ノートは貼ったり剥がしたりもできますから、より人の印象に残るものだったようです。