はじめに

創業10年で群馬・高崎に進出

前後しますが、1971年頃から新潟に関東の人が遊びに来られることが多くなっていました。「最近やけに関東の人を見かけるな」と思っていたところ、関越自動車道が開通した影響で、新潟と関東圏が近くなったということでした。

寺泊でお客さんを待つだけなく、逆に「関越自動車道があるのだから、魚を関東に持っていけば良い」と考えました。それで創業から10年後の1986年にまず群馬県・高崎に県外で最初の店を出しました。海のない県ですので、鮮度の良い魚を持ち込めば必ずヒットすると考えてのことでした。

――すぐに受け入れられたのでしょうか。

栁下:** いいえ、最初の半年は、生魚が全然売れませんでした。干物や冷凍の魚は売れるんです。私は干物や冷凍を売りに来たわけではないので、とても残念でした。

新鮮で美味しい魚を店頭に並べても、お客さんの大半の方が「生の魚なんか見たことも食べたこともない」「味も知らないし、食べ方も知らない」とおっしゃる。そこで「この魚は刺身にすると美味しいです」「この魚は焼くと美味しいです」などと説明しながら売り続けました、半年過ぎたあたりから生魚が売れるようになり、やがて高崎でも多くのお客さんが来てくださるようになりました。 

新潟県・寺泊にある角上魚類の1号店。周辺は「寺泊魚の市場通り」となり複数の鮮魚店が軒を連ね、今では新潟の観光スポットに

直営店のみにこだわる角上式経営方針

――急激にお店が売れると、社外からのビジネスの話もたくさん来そうに思います。

栁下: 「うちの地域にも出してほしい」といった声は多くいただきましたが、「いや、うちは会社も小さいし、お金もないし、とてもじゃないけど無理です」って断り続けていました。

そんな中で「いやお金も自分たちで準備するし、人間も用意する。角上の看板を貸してもらい、魚の供給と扱い方の指導をしてくれ」といった話をいただきました。フランチャイズということですね。「それならばできます」とお返事し、一時は3~4店舗のフランチャイズの店も始めました。

どの店も当初は私が指導し、よく聞いて営業してくれて売り上げは伸びていきました。でも、店が流行ってくると、店頭の作り方を勝手に変えたり、魚の値段も高くなったりする。「こんな鮮度が落ちたものを売ったらダメだ」「こんな高い値段をつけてはダメだ」と私が言っても、一部のフランチャイズの人は聞いてくれないわけです。

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