はじめに

出産や子育てをリスクと感じてしまう社会

――本の中でも「リスクとしての子育て、少子化という帰結」の章では、子育てや出産をリスクと捉えてしまうようになった社会について書かれていましたが、今日のお話からしても、仕事と出産・子育てを両立するのは、女性に限らず困難だと思いました。

熊代: 市場原理が優先される社会が求める労働者のあり方は、「ひたすら機械のように働き続けて、効率をまっすぐ追いかけて、しかも故障しない」のような姿ではないでしょうか。つまり、女性に妊娠・子育てなどという生産性が下がるプロセスはない方がいいに決まっているんです。子育てや出産、さらにいえばメンタルヘルスの調子が悪くなるといった人間に備わっている面倒くさい生理機能を全部取っ払いたいのです。

――ということは、会社のルールや資本主義が内面化されていればいるほど、子どもを産み育てることをリスク視してしまい、産休・育休などの制度を使うことにも罪悪感を感じてしまうことになりますね。

熊代: 「家庭や共同体や社会からインストールされ、内面化された『かくありたい』と思っているものや『かくあらねばならない』と思っているもので構成された『こころ』の機能」を「超自我」と呼びます。今時の女性は、女性だからといってキャリアを追いかけないわけにいかないし、家庭や子育の要素も意識しなければいけないといった「スーパーウーマン」的な「超自我」をかたちづくられがちです。それなのに、実際には女性のキャリアはそんなことをできるように設計されていない。年齢的にもそうだし、男性の方が出世を優先させやすいという格差もある。個々の女性の人にとってはずいぶん大変な社会になっていると思うし、これでは少子化なんて止まるわけがない。社会としておかしいんですよ。

――令和の日本社会では、皆が「19世紀ヨーロッパのブルジョワ」のような洗練された生活スタイルを目指しており、それは、家事や教育のアウトソーシングなしでは成り立たないと書かれています。このくだりを読んで、「家庭と仕事を外注なしで両立することはできなくて当然だったんだ!」と、驚き、気持ちが楽になりました。

熊代: そんな世の中がもう出来上がってしまっているんですよね。

実力主義か年功序列か、どちらを選ぶのが正解?

――実力主義の企業で働くのが大変で、出産・子育てと両立しにくいならば、年功序列型の旧来の日本企業に行けば、働くしんどさが解決するかというと、そうとも言い切れない部分もありますよね。世代間格差に苦しめられたり、保守的なので新しいことにもチャレンジしにくかったり、いまだに旧来のジェンダー観が幅を利かせていたりすることもあり、それはそれで、組織の論理の中でうまくやっていくためにさまざまなコストがかかります。

熊代: そのようなお悩みはとても理解できます。

年功序列のような保守的なものからの抑圧で悩んでしまうのは、私ぐらいの世代(1975年生まれ)にもよくありがちなものでした。それが、平成から令和にかけて解決されて、良かった部分もあるけれども大変になってしまった部分もたくさんあるのではないか、というのが『健康的で清潔で、道徳的な秩序のある社会の不自由さについて』の主旨なんです。

――その移行の過程で、人材の評価軸が混乱しているのも職場選びの際の悩ましさです。実際の職場では、きれいに年功序列と実力主義が分かれるかと言えば、そうではない。たとえば比較的保守的とされる大企業ですら早期退職を募ったりと、競争原理の厳しさにさらされています。また、ベンチャー界隈で実力主義評価が徹底されているかといえば、そうとも言えない事例も多いです。

熊代: 実力主義評価の仕組みが公正でないならば、それは搾取ではないのか?と私の目には見えてしまいます。

ただ一方で、年功序列にかかる働いた分の評価というも、簡単にできるものなのか私にはよく分からなくて。「この人は月収うん万円相当を働いたので経営者は月収うん万円を三井住友銀行に振り込んでください」みたいに神様の声が空から降ってくるようなシステムがあれば、みんな納得するかもしれませんが、実際は経営陣がそれを決めざるを得ないわけじゃないですか。どうすればいいんでしょうね。

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