はじめに
人は二つの軸で評価されている?
――結局、会社が評価する「実力」ってなんだろうと考えると、単純に実務作業や頭脳に関係ないものが含まれている気がしますよね。それは、ベンチャー寄り・保守寄り問わず暗黙のうちに重要視されている気がします。
熊代: 本当はそうなんです。筆記試験の点数に現れてこない、人間が社会の中で生き延びるための「隠しスキル」みたいなものがあって、これが上手な人は確実にいます。それは「嫌われない力」とも言えるかもしれないし、「政治力」や「調整力」という言い方もできるかもしれません。
就活やAO入試が、単純に学力や勉強した内容だけの競争ではないことからも、実は社会や企業もそういった能力の高い人材を求め続けているんじゃないかという読みはできますね。社会人は、実際は2つの軸で評価されていると言えそうです。
――立場が上がっていくごとに、暗にそういった「調整力」的なものが期待されるのではないでしょうか。あるいは、そういった能力が突出している人が出世しやすいとも言えそうです。
熊代: そうなんです。昔よりも今の社会のほうがいろいろ自由になったり、人づきあいの流動性も高くなりましたよね。それでよかったこともたくさんある半面、調整力の鬼みたいな人が世に憚っちゃって、調整力が低い人は、嫌なことを渋々我慢しながらやるしかないとか、自分の主張を通すことができないみたいなことになるとしたら、調整力の鬼にどうやって立ち向かえばいいのか分かりませんよね。
――会社が調整力やバランス感覚の高い人材を求めすぎるあまり、実力は高いのにそれらの能力が低い人が疎外されてしまうことも多いです。
熊代: 確かにリーダーシップの一部としてそういうポテンシャルを持っている人が必要だというのは理解できるんですけれども、じゃあそれらが標準装備になっていなかったら「使いにくい人材」とレッテルを貼られるのは息苦しいことですね。
発達障害の診断はなぜ増えた?
――調整力やバランス感覚が重要視される社会では、発達障害的な特性が強い人は活躍しにくいと言えますね。
熊代: そうですね。発達障害の方は調整力や政治力の部分がたいてい弱い傾向にあるので、現代の社会では「使いにくい」と思われてしまいがちで、就職も多分不利になりやすい人たちだと思います。
――発達障害が「発見」され、「医療化」されたという内容もご著書に書かれていますよね。
熊代: 今時は昔に比べて、求められるコミュニケーション能力の水準が高くなってきましたから、昔よりも簡単に、「あなたはちょっと発達障害っぽいから何とかしてもらったほうがいいよ」と言われやすくなっているはずです。先進国では軒並みこの20年くらいで発達障害の診断率は高くなっていますが、生物学的にはそんなことはあり得ないので、これはやっぱり社会の側で発達障害と診断しなければならないニーズが高まっているからだと私は理解しています。
――うつ病も増えていますが、同様に診断しなければならないニーズの増加が背景でしょうか?
熊代: 確かに患者統計を見ると増えてはいますが、理由ははっきりとわからないんですよ。
早期発見・早期治療が行き届いて、昔だったら放置されていた人が医療につながったから患者さんが増えたのか。あるいは、会社が新自由主義的になってきて、疲れて病院に来なければいけなくなる人が増えたのか。それとも、会社でも私生活でも、感情が落ち込んでいるとか不安定になっているということを、私たち自身が我慢できなくなって、それを「病気」とみなさざるを得ないような文化風土へと移行したためなのかーー結論づけるのが難しい。