はじめに

いつでもご機嫌生産性マックス人間が理想の人間像?

――確かに、落ち込んでいたりモチベーションが下がっていたりすると、それまで通りのパフォーマンスができなくなってしまいますから困りますね。

熊代: そうそう。それだけじゃないんですよ。落ち込んだりイライラしている人がいたりすることで周りの人も嫌な気分になるとしたら、その人のパフォーマンスだけではなくて、職場のパフォーマンスにも影響が出るかもしれないじゃないですか。

生産性を高めなければならないという経済重視の思想から考えると、常に会社では明るく機嫌よく、みんながいい気持ちになれるような振る舞いをするのが道理にかなっているわけで、そうなると、それができなくなった人から、「いつでもにこやかに働ける生産的な個人であるように、ちょっと病院行ってメンテナンスしてもらって来い!」というディストピア(反理想郷)はもうここまで来ていると思うんですよ。

――本でも語られてますが、精神医療や福祉も、資本主義社会から脱落しかけている人(生産性がなくなっている人)を、元に戻すために機能しているという構造になっているんですね。

熊代: 表向き、精神医療の理念は「会社でニコニコ働いて生産性マックスの人間をメンテしよう」とは言っていないんですよ。だけど結果として、経済的に自立してない人を経済的に自立させていくことが医療や福祉の目標というか、実際に行っていることを見ていると、そうなんじゃないの?って疑いたくなりますよね。社会に貢献する仕事をしているとは思うんですけれど、ありのままの人間性を肯定するという意味とは違いますよね、きっと。

――福祉や精神医療は生きづらい人たちの大きな支えになっていると思うのですが、それはあくまで今の社会の理屈の内側で生きていくことが前提なんですね。

熊代:  「外側に出してあげる」ではなくて、このシステムの中でなんとかやっていきましょうという支援ですね。私はそれでもいいと思うけれども、精神医療や福祉の従事者たちは、そうだとはっきり意識するべきだと思います。「ありのままの人を許し、自由にするのが精神医療と福祉です」ではなく、「私たちは、あくまでも社会の仕組みの内側の一員として生きるためのお手伝をしています」という面構えは持っていてもいいと思いますけどね。

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