はじめに
受給開始時期の選択肢が広がる意味
受給開始時期を選択できるという事実は最近では比較的よく知られるようになりましたが、その際に必ず出てくる話題が「何歳から受け取るのが得か?」という話です。私も雑誌の取材でよくこの手の質問を聞かれることがありますが、そんな時、私は質問者に対して「あなたは何歳まで生きるということが決まっていますか? それを教えてくれたら何歳から受け取るのが得か計算してあげます」と答えるようにしています(笑)。
そんなこと誰もわかりませんよね。たしかに繰り上げ、繰り下げの場合と65歳受給の場合に受け取り総額が何歳で逆転するかというのは計算することは可能です。
しかし、それを計算しても意味があるのでしょうか? 60歳から繰り上げで受給した場合、長生きすればするほど65歳から受け取り始めた人との差が開いていきます。繰り上げで得をするのは、早く死んだ場合です。
逆に繰り下げで受給を待機している最中に死んでしまったら年金は1円も受け取れませんから、たしかに損ですね。しかし、そもそも死んでしまったら得も損もありません。年金の本質は「保険」、それも長生きした結果、お金がなくなってしまうというリスクに備えるためのものですから、可能であれば繰り下げをして晩年に受け取る金額を手厚くしておく、すなわち保障額を大きくしておいた方が安心なのではないかと私は考えます。実際に私も現在69歳ですが、働いて厚生年金保険料を納めており、年金はまだ全く受け取っていません。
要するに、年金受給開始時期を決めるのは、損得ではなく自分のライフプランをどうするかで決めるべきなのです。今回、選択肢が広がった背景も単に平均寿命が伸びたというだけではなく、それに伴ってライフプランが多様化してきたということだと思います。
今回の改正で受給開始時期が75歳まで拡大されましたが、もし受給開始を75歳にすれば受給額は65歳から受け取り始めるのに比べて84%増えます。これだけ増えれば老後の生活はかなりゆとりができると思います。
だからといって、誰もが75歳にする必要はありません。たまたま定年後も仕事を続けることができ、70歳を超えるまで働くことができるのであればそういう選択肢もありますが、逆に60歳で定年を迎えた後は、のんびりと過ごしたいのであればそこから年金を受け取り始めたってかまいません。その人が仕事を何歳まで続けるのか、どんなスタイルで生活をするのか、家族構成はどうなのか、といった項目によって受け取り方の選択肢は変わってきます。
さらに言えば、公的年金だけが老後の生活をまかなう唯一の手段というわけではありません。土台であることは間違いありませんが、それ以外にもサラリーマンなら企業年金のある場合もありますし、個人でiDeCoやNISA等の資産形成手段を使って老後に備えてきたお金もあるでしょう。その金額の多寡や内容によって公的年金の受け取り方は変わっても良いと思います。
大事なことは「個人の多様なライフプランに合わせた計画が組めるように制度の選択肢が広がった」ということです。これこそが今回の法改正による受給開始時期選択肢拡大の意義だろうと思います。