はじめに
ある現象によって分断される米国
その後、共和党のドナルド・トランプが登場し、民主党のヒラリー・クリントン候補を破った大統領選挙では、この傾向にますます拍車が掛かりました。この頃から言われるようになったのが、「エコーチェンバー現象」と言われるものです。
エコーチェンバー現象とは、ある人物の意見や主張が、肯定され評価されながら、集団内のメンバーによって繰り返される現象を言います。それはあたかもこだまが鳴り響くかのように反響し、共鳴して、集団内で一層大きく強力なものになっていきます。
トランプの過激なツィッターの投稿が、支持者たちの間でリツイートされながら、エコーチェンバー現象によって大きな力になっていった。それによって巷の予想を裏切り、多くの支持を集めたトランプは大統領に就任します。
彼は大統領就任後もSNSの力を最大限利用し、ときに相手をおとしめ誹謗するかのようなツイートを上げながら、自らの支持者をより熱狂的なトランプ教の信者に仕立て上げます。
彼が行ったことは、民主主義の下での国民同士の対話ではなく、主義主張の違う者同士の対立と敵対感情を煽り、結果的に米国を分断することでした。
その結末が、2021年1月6日、1000名近いトランプ支持者が、選挙の不正を訴え、バイデンの大統領就任を阻止するべく、連邦議会を襲撃した事件です。
そして彼らの多くが、トランプこそがさまざまな陰謀から米国や国民を救う救世主であり、バイデンなどの民主党やその支持者は、自らの利権と権力をほしいままにするために真実を歪め不正を働く、悪の集団だと信じていました。
この事件によって、ここ数年の間で米国に深刻な社会的な分断が起きていることが明らかになりました。
同質性の高い内輪のコミュニケーションだけで完結し、異質なものを排除する。エコーチェンバー現象によって自己正当化が行われ、対立や分断が深まる。その結果が、この事件だと言えるでしょう。
他者の存在を認識し、尊重するところから始まる、本来の民主主義の理念はすでにそこにはありません。
代わってはびこったのが、自分たちと立場を異にする者に対する敵愾心や恐れでしょう。そして、誰かが自分たちの立場や利益を脅かそうと目論んでいるに違いない、という被害妄想、被害者意識が生まれてくる。
それによって自己保身的に他者を排除したり、攻撃したりする排外主義が大手を振って台頭しているのです。
言葉を変えて言うならば、米国人が対象を理解しようとする「読解力」を決定的に失ってしまった、ということに他なりません。
心地よい情報に囲まれた日本人
ひるがえって日本はどうでしょうか? 米国ほど深刻な分断が起きているわけではありません。
しかしながら、日本の場合は、社会全体が一つのコンセンサスに基づいて一元化しがちです。米国のように分断、分裂化するほどの社会的なダイナミズムがあるわけではありませんが、同調圧力が高く、エコーチェンバー現象が起きやすい文化的な土壌があるように思います。
その上にネットやSNSツールの持つ閉鎖性が重なることで、同じ考え方や価値観を持った、同質性の高い者同士でネットワークが完結し、異質な意見が入り込みにくくなりがちです。自分たちの考えや意見が、あたかも多数派のように錯覚してしまうのです。
さらに、ネットのフィルター機能が曲者です。フィルター機能とは過去に検索した内容などのユーザー情報をもとに、その人が興味を持ちそうな情報を拾い上げて示す機能です。
皆さんもお気づきと思いますが、パソコンを開きブラウザを立ち上げると、広告も情報も、自分の興味関心のあるものがズラリと並んでいるでしょう。それはフィルター機能が働いているからです。
自分にとって心地よく都合のいい情報ばかりに囲まれ、いつしかそれが当たり前になってしまう。しかもSNSでやり取りするのは、自分と同じ意見の人たちばかり……。それが続くとどうなるか?
自分の意見や価値観が大多数の意見だと錯覚し、自分にとって異質な情報、都合の悪い情報を受け入れる許容力がなくなってしまうでしょう。
コミュニケーションツールはたくさんあり、そのなかでのやり取りは膨大ですが、その内容はワンパターンなものばかりです。一見コミュニケーションがたくさんあるようで、じつはコミュニケーション不全の状態といってよいでしょう。そこでは決定的に「読解力」が失われていくことになるのです。