はじめに

有事の米ドル買い

為替市場では、かつて「有事の米ドル買い」という言葉がありました。有事……まさにリスクに遭遇した局面では米ドル買いが基本とされていたのでした。それは世界経済における米経済の相対的な優位性が低下する中で通用しなくなったとの見方もありましたが、「コロナ・ショック」といった究極の「有事」では、「有事の米ドル買い」の健在が再確認されたと言えるでしょう。

ところで、この「コロナ・ショック」では、既に述べてきたように米ドル高・円安へ大きく動くところとなりましたが、ほかのリスク回避局面ではむしろ米ドル安・円高に動くことも多くなっていました。ある意味では、「有事の米ドル買い」を超えた「有事の円買い」といった構図が目立つようになっていたのです。

これについて私は、円の低金利通貨の影響によるものではないかと考えてきました。代表的な低金利通貨の円は、金利差の観点からは売られる傾向が強いと言えます。実際に図表2を見ると、円は「売り」が「買い」より時間帯が圧倒的に多く、さらに「売り」の最大値は「買い」の倍にも達していたことがわかるでしょう。

リスクとは、基本的に取引していること、つまりポジションを持っていることですから、そのリスクの回避は取引、ポジションの縮小となります。低金利通貨の円は「売り」のポジションとなっていることが多いため、リスク回避のポジション縮小は円の買い戻しになりやすかった、それがリスク回避、「有事」で円買いとなってきた大きな背景だったのではないでしょうか。

ただし、そんな「有事の米ドル買い」に勝る「有事の円買い」といった状況が、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻といった国際秩序を揺るがすような事態が起こった頃から、変化が出てきました。「ウクライナ危機」などを材料にリスク資産が売られ、代表的なリスク資産である株式市場も急落する場面が増えましたが、それは「有事の円買い」をもたらすことにはならなくなったのです。

これは、「ウクライナ危機」によって、米国依存の高い日本の安全保障リスクへの懸念が高まったこと、またエネルギー価格の高騰により、「資源小国・日本」への不安が広がったことなどの影響が考えられました。

その一方で、「有事の米ドル買い」は、改めて際立つようになりました。一際鮮明になった「有事の米ドル買い」、それこそまさに、「通貨の王様」米ドルの押さえておきたい第一の特徴と言えるのではないでしょうか。

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