はじめに

食料品の値上げが続くなか、商品のボリュームと値段の安さから注目を集めている「業務スーパー」は、どのような経緯で誕生したのでしょうか?

作家でジャーナリストの加藤鉱 氏の著書『非常識経営 業務スーパー大躍進のヒミツ』(ビジネス社)より、一部を抜粋・編集して業務スーパーの創業者・沼田昭二氏について解説します。


なんの前置きなしに降ってくる言葉

非常識な立地に日本初のフランチャイズ制スーパー1号店をデビューさせた業務スーパー(神戸物産)創業者の沼田昭二とは何者なのか。

ある中堅社員に訊くと、こう語ってくれた。

「自分は創業者のそばにいて『変わった人だな』と思っていました。神戸物産という会社には、決裁者と社員との間に立ちはだかる壁がことのほか低いという特徴があります。創業者も現在の博和社長もそうなのですが、入社1年目の新人に直接指示を下すことが普通にありました。

自分も創業者と何度か仕事をさせてもらったけれど、二人で話をしていると、何だか突拍子もないことを言っているように聞こえるのですね。なぜ、そことそこがつながるのか、そうなるのか、話についていけないことがよくありました。ただ、じっくりと聞いていると、はなはだ論理的なのがわかってくるのです。

物事を分子レベルに細かに分解する。なぜこれがこうなるのか。こうだからこうなるのだ。分解したパーツを自分なりに組み上げ直す。その結果、そのときに一般的に常識的に行われている方法と違ったとしても、自分がそういう結論に至ったのだから成功するはずだ。そうした信念をもって突っ走る人です」

この話を聞いたとき、ある物理学者の言葉を思い出した。理系ノーベル賞を受賞するような人は、物心がついた頃から時計やラジオを分解しては組み立て直して遊んでいたタイプが圧倒的に多いのだそうだ。おそらく沼田も生粋の理系タイプの人間なのだろう。

一緒にプロジェクトを行ったという他の社員はこんな話をしてくれた。

「石橋を叩いて渡る、という言葉がありますよね。創業者は一見何も考えずに突っ走るように見えるけれど、本当は誰にも増して慎重な経営者でした。ただしご自身が納得すれば、周囲が何と言おうとがむしゃらに突っ走りました。『私が計算したから大丈夫だ』と。しかも、絶対に恐る恐る石橋を渡らないのです。石橋を叩いてみて、自分のなかでいけるという確信をもったら、ゴールまで自分の考え得る最短距離を猛スピードで全力で走り切る人だった。考え方自体が、われわれの想像の範囲を超えていました」

勉強家でさまざまな本を読み、多彩な情報網を持ち、それを自分なりに咀嚼して新たな結論を導く。沼田は際立ってそれに特化した経営者であったという。

また、ある社員はこんなエピソードを明かした。

「神戸物産に入社してしばらくは、創業者が何を語っているのかまったくわからないことが多かった。なにせ、前置きなしに、過程なしに、本人が考えた末の言葉が降ってくるのだから。きちんと、かつしつこく聞いているうちに、ああなるほどそういうことかと理解できるのです。

これも輸入品のバイヤーが言っていたことだけれど、創業者と連れ立って東南アジアに海外出張に行き、新製品の原料を栽培する畑に行ったときのことです。バイヤーはいきなり創業者から、『ここの電柱の高さはどのぐらいになるのかな?』と尋ねられた。バイヤーはきょとんとして、二の句が告げなかった。よくよく話を聞いているうちに、ようやくその意味がわかってきた。大型の機械を導入することによって、計画した収穫量を確保できる。その機械をここで使えるようにするためには電柱の高さがどれくらいないといけないのか? 創業者はそれを聞きたかったわけです」

そのバイヤーが経験したようなことが、神戸物産内では日常のように起きていた。私自身、沼田への取材で強く印象に残っているのは、日本の外食産業に対する"警告"ともいえる言葉であった。

「日本でびっくりすることがあります。『原材料コストを計算してください』と言うと、たいていの外食産業の人は『ジャガイモはいま相場がいくら、ダイコンの相場はいくら、肉がいくらだから』という具合に計算します。彼らはあくまで相場の価格を挙げているだけ。相場ですから、明日になれば2倍になることだってある。そのときは彼らはどうするのでしょうか。

一番確かなのは、1ヘクタールあたりに何トンのジャガイモが採れるのか。そしてそれはどういう種類のジャガイモなのか。それを計算するのが当たり前ではないでしょうか。ところが、そういう考え方をされる外食産業の人は、なかなかいません。マクドナルドならば、まずそういう発想で計算しますよ。ミシシッピー川の通行量がここ数十年の間に10倍以上になった。そういう要素も含めて、彼らは計算するわけです。なのに日本の外食産業の人は場当たり的に『いま、いくらだから。値上がりしているから、いくら』と計算するだけ。もっとマクドナルドの単価政策を学ぶべきです」

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