はじめに
ある商品について、人によって感じる価値が違うなか、適正価格はどのように考えるべきなのでしょうか?
そこで、経営コンサルタント・小阪裕司( @kosakayuji2010 )氏の著書『「価格上昇」時代のマーケティング なぜ、あの会社は値上げをしても売れ続けるのか』( PHP研究所)より、一部を抜粋・編集して「値付け」の作法について解説します。
内的参照価格とは?
原価の積み上げから考えない。他社との比較で考えない。そして「顧客の視点から価格を付ける」。
そう言われたところで、「じゃあ、どうやって価格を決めたらいいのか」という話になるだろう。
ここで、一つの指針をお伝えすることにしたい。それが「内的参照価格」だ。
内的参照価格とは、お客さんの心の中の価値を指す言葉だ。消費者が価格の妥当性や魅力度を判断する際の基準として、記憶から想起する価格を指す。
この内的参照価格と実際の価格が同じなら妥当な価格となるし、内的参照価格より安ければ安いと感じ、高ければ高いと感じる。
内的参照価格は複数あるとされており、慶應義塾大学商学部教授・白井美由里氏の研究では、次の9種類が提示されている(『消費者の価格判断のメカニズム』千倉書房より)。
(1)公正価格
メーカーのコストを考慮したときに公正と思われる価格
(2)留保価格(最高受容価格)
これ以上の価格では高すぎると考える価格
(3)最低受容価格
これ以下の価格では品質が劣ると考える価格
(4)期待価格
現在、このくらいで販売されているだろうと予想する価格
(5)最高観察価格
過去に観察した価格の中で一番高い価格
(6)最低観察価格
過去に観察した価格の中で一番安い価格
(7)平均観察価格
過去に観察したさまざまな価格の平均
(8)通常価格
通常この価格で販売されているだろうと予想する価格
(9)購入価格
過去に自分が支払った価格
顧客は「勝手に」価格を判断する
(1)から(4)は、いわば顧客の期待や願望だ。そして(5)から(9)は、過去の経験と市場価格がベースになっている。
このことが指し示しているのは、お客さんは自分の記憶から 「勝手に」その商品やサービスの価格の妥当性を判断する ということだ。過去の自分の経験を踏まえて、「いや、ちょっと高いな」とか「わー、安いわ」とか「タダ同然」と思うわけだ。
だから、先ほどの話と矛盾したことを言うようだが、他社商品の市場価格を知ることはやはり必要ではある。それが内的参照価格に影響を与えることは確かだからだ。
重要なのはそこからだ。お客さんは「勝手に」過去の経験と比較して価格の妥当性を決めるのだが、その 比較対象は別のものに変えられる、 ということだ。
たとえば、インスタントラーメンの価格を決める際には、他社のインスタントラーメンと比べたくなるだろう。しかし、自社のインスタントラーメンが、インスタントラーメンにもかかわらずリアルな店舗の味をほぼ再現できたとする。すると、比較対象はインスタントラーメンではなく、リアル店舗のラーメンとなる。たとえば700円くらいの値付けをしても、「ラーメン店に行くと考えれば安い」となるだろう。
あるいは、1冊の書籍の中に門外不出の10万円のセミナーの内容を詰め込んだとする。するとその本の価格が2000円だとしても、そこに10万円分の内容が入っていると知れば「安い」と感じるだろう。
この発想ができるようになると、価格の可能性は大きく広がる。競合他社を気にせずに十分な利益が得られる、適正な価格を付けることが可能になるのだ。
内的参照価格の話をするとよく、「顧客の心の中なんてわからない」ということを言われる。それについては第5章でお話しするとして、ここでまず考えてほしいことは、 売り手のほうが「何と比較してほしいか」を自分で設定する ことだ。