はじめに

犯人は誰だ? コツコツ貯めた預貯金が減っていく

お金の記憶障害

認知症高齢者は、さまざまな社会的活動が制限されてしまいます。その中には認知症を発症したご本人の財産の管理も含まれます。

問題は財産の管理・処分に制限がかかり、たとえご本人のために財産を活用したいというご家族の意向があったとしても、叶わなくなってしまうこと。ご本人が自ら遺言を書いたとしても、それを法的に有効とすることはできず、希望通りの財産管理や相続の実現が困難になります。

ケアハウスに最近ご入居いただいた落合夏子(88歳)さんは、生涯独身で身近親戚の方もおらず、一人で公団住宅にお住まいでした。長年大手企業に勤められ、年金や今までの貯えが十分にあり、お金に困ることもありませんでした。「老人ホームには絶対に入りたくない。近所に親しくお付き合いしてる人がいるので、その人たちにお世話になりながら今の家で最後まで暮らしたい」と切望され、遠縁の方にもそう話されていたそうです。

そんなある日、遠縁の方が久しぶりに電話を入れると、支離滅裂な話を繰り返す落合さんの様子に「もしかして、認知症?」と心配になりました。このまま一人で生活していくのは厳しいのではと当ケアハウスに相談があり、そのまま入居されてきたのでした。

驚いたのは、落合さんの認知症が結構進んでいたことです。よくお一人で生活できていたと関心したほどでしたが、聞くと、近所の方二人が代わる代わる食事を届けておられたそうでした。

入居前にその近所の方から施設に電話があり、「本当に入居するのか?」「我々でしっかり面倒みるので」と何度も電話がかかって来ました。寮母が一言、「こんなこと初めてですね。近所の人が面倒みるって、何か魂胆があったりして!」と言うくらいでした。

後日、「施設長たいへんです!」。寮母が私を見つけて、事務所から駆け寄ってきます。「どうしたの?」と聞くと、「親切の魂胆がわかりました!」と私に息せき切って報告に来ました。

「これを見てください」と差し出してきたのが、落合さんの通帳でした。詳しく見てみると、10万円、20万円、50万円とまとまった金額が定期的に引き出されていたことが、はっきり記録されていたのです。その額、ここ3年でなんと500万円ほど。

念のため落合さんにその出金について聞いても、「さあ、お金出してますか?」と対岸の火事のような様子でした。

「これ間違いなく、あの近所の人やな!」

そう私が言うと、寮母が確かめてみますと、すぐに電話をかけました。近所の人は、悪びれる様子もなく、やれ落合さんのために何々を買ってあげただの、やれ食材費や生活費に使っただのと説明します。

そこで寮母が一言「領収書ありますか?」と聞くと、「そんなん領収書なんかないし、私らは落合さんによかれと思ってやってあげたのに、お金使い込んでるとか疑われて心外や!」「まさか、落合さんのこと一番心配してる私をほんまに疑ってるの?」と逆ギレしてくる始末でした。

落合さんにご家族がいれば警察にも相談しますが、今回は残念ながら泣き寝入りです。当の落合さんは、「よくしてくれたのよ」と全く気にするそぶりもありませんでした。この落合さんですが、実はコツコツ貯めた預金が5000万円近くあり、近所の人は認知症になった落合さんをターゲットにしていたと思われます。

その後、落合さんは当ケアハウスで2年、特別養護老人ホームで2年過ごされた後、病院でお亡くなりになりました。お金をあの世には持っていけないと言いますが、身寄りのない落合さんは、遺言もなく、せっかく貯めた5000万円はほとんど手つかずのまま、結局国庫に帰属されてしまいました。

対処法

今回のケースは、認知症の方のお金のトラブルです。金銭管理が正しくできず、詐欺まがいの被害に遭い、最終的には全財産が国庫に帰属してしまいました。

一般的には、銀行は名義人が認知症だとわかった場合は口座を凍結させてしまい、介護費用などの支払いまでできなくなってしまいます。ただし、成年後見制度を活用することで、預金を利用できるようになります。

成年後見制度は、認知症などによって判断能力が低下してしまい、契約や財産管理が難しくなった人を支援するための制度で、「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類があります。法定後見制度は、判断能力が不十分となった人の権利を法的に支援、保護するための制度です。

任意後見制度とは、判断能力が衰えたときのために、自己判断ができるうちから備えておくための制度です。ただ成年後見制度には、報酬がかかったり、本人の財産を自由に使えない、途中で辞めることができないなどのデメリットもあります。

もう一つ公的な制度に「日常生活自立支援事業」があります。判断能力が不十分な方に対してサービスの利用援助をするものです。実施主体は、各都道府県や指定都市の社会福祉協議会で、窓口業務は市町村の社会福祉協議会等で行われています。

援助の内容は福祉サービスや苦情解決、日常生活の消費やサービス利用・契約に関するものです。他に、日常的な金銭管理や生活環境の変化を知るための定期的な訪問が行われます。ただ、本人に制度を理解できる程度の判断能力が残っていないと利用できず、不動産管理や遺産分割等はできません。

最後に、認知症に備える事前対策に有効な手法として注目されているのが「家族信託」です。財産管理を受託者に託していれば、仮に委託者が認知症になったとしても、信託の目的の範囲内で、受託者が銀行預金の引き出し、定期預金口座の解約手続き、遺言の作成、各種契約の締結、資産の運用や処分、不動産の修繕などの行為を行うことが可能です。ただ、家族間の不公平感を生む恐れや、扱えない不動産や財産もあるなどデメリットもあります。

認知症の方のお金については、将来、いつ何が起こるかわからないということを考慮したうえで、できるだけ早く検討を始めることが大切です。

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