はじめに

「悪口」で人は想像以上に傷ついている

「他人が発するポジティブな言動」で「ポジティブな感情」を高めるのはかなり難しいことであるのは間違いなさそうです。では逆に、「ネガティブな言動」のほうの影響力はどうなのでしょうか?

その答えを示すのがデータ13です。

これは、ある人から自分の悪口を言っている人の話を聞いているときの著者自身の3分間の「ストレス度」を示す脳波の変化です。

「ストレス度」を示す脳波はいきなり強く出て、そのレベルは測定している間ずっと維持されています。ここまでのダメージを受けているとは、自分でも想像していませんでした。

また、「ネガティブな感情」のしつこさはすでにお話しした通りですから、嫌な言葉を浴びせられたときの「嫌な感じ」はずっと残り続ける可能性もあります。

ただ、私が聞いたのは直接的な悪口ではなく、あくまでも「悪口を言われているという情報」です。そもそも「実験のために、誰かが私の悪口を言っていたら教えて」と自分からお願いしたわけですから、私もそれなりの覚悟をもって受け止めていますし、相手だって多少なりとも言葉を選んだことでしょう。それでもこの結果なのですから、常軌を逸するような誹謗・中傷といった類の言葉が人の心に与えるダメージは計り知れません。

特にSNSを通じた誹謗・中傷は、加害者が見えない恐怖心も手伝って、その影響はより深刻になります。そのせいで心に深い傷を負い、その傷にずっと苦しみ、中には命を断ってしまうケースもあります。ネガティブに支配されやすい私たちの脳の性質を踏まえれば、それは決して他人事ではありません。誰にでも起こりうることなのです。

ネガティブな言葉が人の心を粉々にしかねない凶器であることは脳波から可視化した感情が明白に示しています。ですから、より真剣にSNS上の誹謗・中傷に対する実効性のある策を講じることは社会の急務だと思います。

「好き」はなかなか伝わらない

「ネガティブな刺激」には敏感で、「ポジティブな刺激」に対しては鈍感であるのは、「他人の言動」の場合も同じでした。

では、「その感情をもった人と交流する」という刺激の場合はどうなのでしょうか?

まさに「フキハラ」の状況を実験的に探ろうという試みです。

それを知るために、まずは「ポジティブな感情をもった人」がそばにいる場合の感情を示す脳波の変化から見ていきましょう。

データ14は、普段から面識のある学生Aと学生Bにたわいない会話をしながら5分間過ごしてもらったときの「好き度」を示す脳波の変化です。

相手に対する「好き」「嫌い」といった言葉を発したり、そのような態度は見せないルールになっていましたが、この結果を見れば、AがBに好ましい感情を抱いているのは明らかです。まさに、好意がダダ漏れの状況なので、もしかすると、「自分の好きに気づいてほしい」という気持ちをもっているのかもしれません。

ところが、Bの「好き度」を示す脳波は全体を通して弱く、Aの「好き」がBに伝わった気配はありません。5分たったあとAの「好き度」を示す脳波は会話をする前より強く出ているというのに、Bの「好き度」を示す脳波のレベルはほとんど変わらないのです。

これも「ポジティブな刺激」に鈍感な脳の性質のせいなのでしょう。

つまり、どれだけその気持ちが強くても、それに気づいてほしいと願っても、「好き」は簡単には伝わらないのです。

「好き度」を示す脳波だけでなく、「快適度」や「満足度」を示す脳波も同じように測定してみましたが、結果は同様でした。やはり、「ポジティブな感情」は伝わりづらい、ということでしょう。

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