はじめに

近年、ビジネスの世界でよく聞くようになったCSR。corporate social responsibilityを略した言葉で、日本語では「企業の社会的責任」と呼ばれています。企業は従来的な経済的責任や法的責任のみならず、環境保護・人権尊重・消費者保護・労働者保護などの「社会的責任」もまっとうすべき――とする考え方です。

日本でこの考え方が広く知られるようになったのは2003年のこと。この年にいくつかの大手企業が、CSRの專門部署を相次いで設立したことがきっかけでした。そこには当時、企業の不祥事が相次いでいたことが背景にあります(雪印牛肉偽装事件など)。関係者の間では2003年を「CSR元年」と呼ぶ人もいます。

しかし日本企業は、なにも2003年になるまで社会的責任を無視していたわけではありません。日本の商業界には「和製CSR」ともいえる概念、言い換えると「商道徳」が古くから伝わっていました。

今回は、日本のビジネス界に伝わる「商道徳の言葉」を、前後編に分けて紹介しましょう。前編の今回は、江戸時代の言葉を取り上げます。


「先も立(たち)、我も立つ」石田梅岩

日本の商道徳を語る際、欠かせない重要人物の一人が「石田梅岩」(いしだ・ばいがん、1685年~1744年)と言われます。「石門心学」(せきもんしんがく)といわれる思想を説いた人物です。

石門心学とは、町人に対して実践的な道徳を解いた思想のこと。とりわけ「商行為の社会的意義」を説いた点で画期的でした。というのも当時、商いは「卑(いや)しいもの」とされていたからです。

その石田梅岩がのこした言葉に「実(まこと)の商人は、先も立(たち)、我も立つことを思うなり」というものがあります。これは商人のあるべき姿を説いた言葉で「真の商人とは、相手と自分の双方が納得できるような商売をするものだ」という意味を持っています。

もうひとつ重要な言葉が「二重の利を取り、甘き毒を喰ひ(くい)、自死するやうなこと多かるべし」というもの。つまり「暴利を貪(むさぼ)り目先の利益に飛びつくあまり自滅することも多い」という意味です。これらのいずれも、商いを行ううえでの「道徳」、現代風に言えば「社会的責任」が重要であることを説いているわけです。

また石田が遺したとされる「利を求むるに道あり」(利益を追求するために必要とされる道徳がある)という言葉は、実業家の稲盛和夫氏が自身の哲学としていることでも知られます。

「三方良し」近江商人

おそらく和製CSRといってCSR関係者が真っ先に思い出すのは、この言葉ではないでしょうか。

近江商人の商売哲学である「三方良し」(さんぽうよし)のことです。これは「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」という三要素をまとめた言葉。つまり「売り手、買い手が共に満足するだけでなく、社会貢献もできることが良い商売である」という概念なのです。なるほどこれはCSRにおける「幅広いステークホルダー(利害関係者)を尊重する姿勢」にも通じる概念ですね。

近江商人とは「行商」を基本として活動を行った商売人のことです。三方良しの考え方には、この行商というスタイル、すなわち商品を持ち歩いて小売するスタイルが大きく関わっているといいます。

商いが卑しいものとされた江戸初期、各地で商売を行うことは「地元の利益を持ち去る行為」にも見えていました。このため近江商人は、買い手や地域社会にとっての利益を打ち出す必要がありました。そこで彼らは利益がたまると、無償で橋や学校を立てるなどして社会貢献活動を行ったのです。

ちなみに「三方良し」という言葉自体は、実は戦後に登場した表現。江戸時代からこう表現していたわけではないことに注意してください。思想の源流について知りたい人は『宗次郎幼主書置』(そうじろうようしゅかきおき、1754年)を手がかりに調べてみるといいでしょう。

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