日本のビジネス界に伝わる「商道徳」の言葉を、前後編の2回に分けて紹介しています。

前編では江戸時代の言葉を紹介しましたが、後編の今回は明治以降の言葉を紹介することにしましょう。CSR(企業の社会的責任)の概念が伝わる前の日本には、一体どのような商道徳が存在したのでしょうか?


「不趨浮利(ふすうふり)」広瀬宰平

三井住友銀行、住友化学、住友商事、日本電気(NEC)などの企業群から構成される住友グループ。その「家祖」とされる人物が書店・薬種業の富士屋を始めた住友政友(1585年~1652年)。そしてもう一人、グループの「業祖」とされる人物が、政友の義兄で、住友家の中核的事業となる銅事業を興した蘇我理右衛門(そが・りえもん、1572年~1636年)でした。つまり住友は、おおむね江戸初期に興った事業組織であり家系でした。

その住友家の事業が明治維新の時代に経営難に陥ります。

銅の産出高が減ってしまったうえ、土佐藩によって鉱山が差し押さえられてしまったのです。その鉱山について、維新後の政府に嘆願を行い、鉱山の再取得を実現し、その近代化を進めた人物が広瀬宰平(ひろせ・さいへい、1828年~1914年)でした。住友グループの近代化の祖とも言える人物です。

この広瀬宰平が定めた「住友家法」第2条に「苟モ(いやしくも)浮利二趨リ(ふりにはしり)軽進ス可ラザル事(けいしんすべからざること)」という記述が登場します。

この浮利とは目先の利益のこと。つまり「いやしくも住友の人間であれば、目先の利益を得ようとして、軽率・粗略な行動をすべきではない」という意味になります。これを略した言葉が、表題にある「不趨浮利」(ふすうふり)というわけです。

家法におけるこのような条項は、広瀬宰平とも関わりが深かった他の商家――ツカモトコーポレーションの塚本家、麻生グループの麻生家など――にも伝わったといいます。そして現在でも住友グループの各企業が、不趨浮利を企業理念の中核に置き続けています。

「道徳経済合一説」渋沢栄一

明治時代の事業家の中でも、とりわけ重要な人物といえば渋沢栄一(1840年~1931年)ではないでしょうか。第一国立銀行(現・みずほ銀行)、東京証券取引所、東京瓦斯(通称・東京ガス)、東京海上保険(現・東京海上日動火災保険)、帝国ホテルなど500以上の企業・組織の設立に関わり、日本の現代的経済システムの基礎を築いた人物です。

その渋沢が著した「論語と算盤(そろばん)」(1916年)に登場するのが「道徳経済合一説」です。書名に論語とある通り、孔子の思想である儒教と経済との融合を説いた考え方でした。具体的には「富をなす根源は何かと言えば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ」と述べています。

前編で紹介した二宮尊徳も「道徳経済一元論」と呼ばれる思想を説いていました。つまり江戸と明治のふたつの時代で、似た着想の商道徳が語られていたことになります。

このほか「論語と算盤」には「士魂商才」(しこんしょうさい)という言葉も登場します。この言葉の元ネタになったのは、平安前期の学者・政治家である菅原道真(845年~903年)が遺した「和魂漢才」(わこんかんさい)。和魂漢才は「日本の精神と中国の知識の融合」を意味する言葉でした。現在ではそれをアレンジした表現である「和魂洋才」(わこんようさい、日本の精神と西洋の知識の融合)の方が有名かかもしれません。いっぽう渋沢の士魂商才の場合は「武士の精神と商人の才知の融合」を指しました。