はじめに

円安株高を演出したアベノミクス相場が失速するなか、マイナス金利の導入で個人投資家は資金の置き場を見失っています。方向感の見えない相場に対し、私たちはどう向き合っていけばよいのでしょうか。

JPモルガン・アセット・マネジメントのグローバル・マーケット・ストラテジスト 重見吉徳氏に、今後の金融市場の行方と、個人投資家が資産を守り増やすための心構えについて話を聞きました。


リスク要因が多い世界の金融市場

――個人投資家を取り巻く世界の金融市場は、今どうなっているのでしょうか。

重見氏: 一言で言うと、低利回り、そして高ボラティリティの金融環境です。ボラティリティとは市場の変動幅のことで、ボラティリティが高くなると、上がったり下がったりのブレが激しくなります。リーマン・ショック以降の主要なリスク資産の値動きを見ると、2014年までは「何を買っても上がる時代」でしたが、2015年からは上下に大きく変動しながらも、結局は横ばいという相場が続いています(下図参照)。

リスク資産価格はなかなか上がらないのにボラティリティばかりが高い相場では、個人投資家から「タイミングが難しい」、さらには「投資しても仕方ないのでは」といった声が聞かれそうです。

――なぜ、利回りが低く、ボラティリティは高くなっているのでしょうか。

利回りが低いのは、長期的な視点では、年を重ねればマラソンの持ちタイムが落ちていくように、世界の経済の実力が低下しているからです。中国を含む主要国の高齢化で人口の伸びが鈍化していたり、企業にとっての有望な投資機会が失われていたりすることが挙げられます。

一方、短期的には、景気が力強さを欠くことが挙げられます。アメリカの景気は決して悪くないのですが、それでも景気の拡大は8年目に入り、過去と比較しても長期に及んでいます。野球に例えれば「8イニング目」あたりで終盤戦です。実際、企業の設備稼働率は低下していて、これを反映するように設備投資も低迷しています。

日本や欧州については、金融市場で追加緩和が見込まれるほど、景気は停滞しています。中国も、構造改革に伴う痛みを財政政策によって和らげている状況です。自分たちの経済を支えることに手一杯で、他国をけん引するような力はありません。

このように、実体経済は低成長が続く一方で、世界的な金融緩和で市場にマネーがあふれてしまったために、株式などのリスク資産の価格は実態より割高になってしまいました。実体経済と金融市場がアンバランスな関係になると、マーケットは不安定になり、急騰したり急落したりしやすくなります。

また、世界中の国々がそれぞれにリスク要因を抱えています。アメリカについてはこれまでの景気拡大の長さを考えれば、いつ景気後退に向かっても不思議ではありません。こうした中、利上げをどれだけ進めていけるかも不透明です。

一方、欧州ではイギリスのEU離脱が決定しました。その影響は、現状では軽微に見えていますが、各国でEU懐疑派が台頭していることを考えれば、これは単なる始まりの可能性もあります。2017年に総選挙を控えたドイツとフランス、オランダでも、政治が市場の大きな変動要因になる可能性があります。また、来年まで待たずとも11月の初めに予定されている憲法改正の是非を問う国民投票が行われるイタリアも、規制緩和を促す内容の憲法改正案に国民がNOを突きつけるようなら、国際的に信認のあるレンツィ首相の辞任につながり、リスクオフ(株などが売られ、預貯金など安全な資産に資金が向かいやすい相場状況)のきっかけになりかねません。減速する中国経済も再び人民元安誘導に焦点が当たる恐れがあります。

――ここまでリスク要因が多いと、下落一辺倒のような気がします。

そうとも言い切れないのが難しいところです。何らかのイベントで、リスク資産価格に大きな下落圧力が生じる局面では、日本やユーロ圏で追加緩和が発動されたり、アメリカの利上げが先送りされるなどの対策が打たれる可能性があります。常に一定の成果を求められる機関投資家は取りこぼしが許されない一方、上昇幅は大きくないので、わずかでも好材料が見えた時には一斉に買いに回ります。その一方で、逃げ遅れると決定的なダメージになるので、悪材料が見えると先を争って売りに回る。まるで「度胸試し」の様相を呈した機関投資家の激しい動きが、ボラティリティの高まりに拍車をかけているのです。

このように急騰や急落を繰り返しながらも、終わってみれば相場は、停滞が続く実体経済と同様に横ばいで上がっていない。こうした傾向は当面続くと考えられ、激しい動きについていけない個人投資家が売り買いで利益を狙うのは容易ではないでしょう。

個人投資家の資産運用との向き合い方

――こんな難しい環境下で、個人投資家は資産運用とどう向き合ったらよいのでしょうか。

運用は非常に難しくなりますが、だからといってリスク投資を避けた預貯金だけの運用では資産を守れません。賃金も上がらず、増税や社会保険料の上昇など将来の可処分所得を減らす材料に事欠かない状況下では、やはりある程度リスクを取ってお金に働いてもらう必要があります。

こうした相場では「無理をしない投資」が鉄則です。ホームランを狙うのではなく、コツコツとヒットやバントでつなぐような運用が適していると考えます。リスク資産に一定の投資をしてマーケットについて行きながらも、常に下落のリスクを意識し、決してアクセルを全開にしないことが重要になります。また、リスク資産価格が上がらず大きなキャピタルゲインは得られにくい環境では、配当や利息などのインカムゲインをコツコツと確実に積み上げる投資戦略などが有効と考えられます。

――具体的には、どのような投資なのでしょうか。

例をあげると、機関投資家はアメリカの大型株の中から、ディフェンシブ(景気変動の影響を受けにくい食品、医薬品、電力、ガスなどの業種)で、なおかつ高配当の銘柄を多く買っています。ボラティリティの高い環境下でも、値動きの安定した大型のディフェンシブ銘柄を選ぶことでリスクを抑えているのです。

さらに、高配当の銘柄を選んでインカムを取りにいくことで、株価の上昇が期待できない分を補う戦略です。この姿勢は個人投資家にも大いに参考になります。

――日本の株で同様な投資をするなら、どうなりますか。

日本株の場合、大型株であっても輸出関連企業は為替相場に左右されやすいので、値動きが安定しているとはいえません。為替にも景気にも影響されにくい業種の大型株で、なおかつ高配当な銘柄を選ぶといいでしょう。

本来、株価の上昇という観点では、利益を配当に回すより再投資して成長しようとする企業が望ましいのですが、今は無理のない投資をするべきときなので配当の厚い企業を選ぶのが無難と考えます。上がりにくいけれども下がりにくく、保有している間はコツコツと配当を積み上げる債券投資のようなイメージで銘柄を選ぶといいでしょう。