はじめに

牛乳屋で牛乳を作るな!

「他社が真似できないものを作る。オンリーワンだけが生き残る。参考になる良いものがあれば、いったん分解して組み直し、オリジナルなものにする」

これが沼田の流儀だが、国産PB開発においてもそれが遺憾なく発揮されている。

業務スーパーの国産PBのなかでもっとも世間にインパクトを与えたのは何か? 賛同してくれる人も多いと思うが、「牛乳パックデザート」ではないだろうか。

「業務スーパー 牛乳パックデザート」をキーワードにしてSNS投稿を見ると、「牛乳パックデザートを考えた人は天才である。包装にコストがかからない、既存の製造ラインを使える、ボリューム感がある、生活者も馴染がある。凄いわ!」といったコメントが溢れていた。私も同感である。

実は牛乳パックデザートの実質的な発案者はアイデアマンの創業者沼田昭二であった。

「牛乳屋で牛乳だけをつくるなんて考えたらいけない。1リットルの牛乳パックに利益の出るデザートを入れて、200円くらいで売ろう。未開封で2~3カ月はもつやつだ。これなら牛乳を入れて売るよりも儲かるし、お客さんもコストパフォーマンスに惹かれるのは請け合いだ」

なぜこんな無謀なアイデアが湧いたのか。2013年1月に神戸物産の傘下となった豊田乳業(愛知県豊田市)が備える製造ラインを使えば実現可能だと閃いたのだ。おそらく先にふれたSNSのコメントと同じようなことを考えていたに違いない。

だが、言うは易し、行うは難し。神戸物産から助っ人として非常識な注文を叶えるために送り込まれたのは、商品開発の責任者の浅見一夫取締役をトップとする助っ人部隊であった。文字通り悪戦苦闘の日々が続いたが、なんとか製品化に成功した。

牛乳パックデザートはバリエーションを広げた。IR広報に訊くと、売れ行き順は以下のとおり。

【1位】コーヒーゼリー
【2位】とろけるパンナコッタ
【3位】カスタードプリン
【4位】水ようかん
【5位】レアチーズ
(2021年11月時点)

業務スーパーの製品製造に絡むいくつかの特許は神戸物産、神戸物産のグループ会社、あるいは沼田昭二が持っている。申請中のものもある。他社から「それはうちの技術だ」とか言われないためにそうしただけで、特許料はもらっていない。

もっとも例外もある。牛乳パックデザートなど絶対にコピーされたくない製造技術については特許を取らず、門外不出としている。要は特許を取れば、秘密を公開することになるからだ。

そこのところを花房課長が、「事細かな製法までは知らないけれど」と前置きして説明する。

「開発チームの人間によると、最大の難関は"粘度"のバランス、調整だったそうです。牛乳パックに入れるので、充塡のタイミングでは液体ですよね。それを冷やし固めて羊羹だったり、ゼリーだったりにする。しかもそれは1キロのブロックなので、その形が崩れないように出す必要があります。

そうなったときに、形が崩れないようにしようとすると、粘度を上げてドロドロの状態にして牛乳パックに流し込むのがやりやすい。けれども、もともと牛乳を充塡する機械でそれをつくろうとしたので、粘度が硬すぎると充塡する管のなかをうまく通らなくなる。そのバランスを極めるのが難しい。塩梅を整えるのがとてつもなく厄介で、難儀したそうです。

冷却についても、きちんと冷やさないと今度は固まりません。通常はペットボトルのように丸いために横回転で熱伝導冷却ができますが、牛乳パックは熱伝導が難しく、そのため時間がかかってしまうと、比重の重い原料が下のほうに沈んでしまう。すると上部は味が薄いけれど、下部は味が濃いという現象が起こってしまいます。この製造時の粘度と冷却の方法では何度かギブアップしそうになったといいます。試行錯誤を繰り返した結果、成功にこぎつけたそうです」

そのあたりに独自の技術を投入しているわけである。神戸物産がその秘密を公開したくない気持ちが伝わってきた。

牛乳パックデザートを開発する前には豆腐の製造ラインを活用して、「リッチチーズケーキ」を開発している。500グラムの大容量なのに、価格は税込394円。当然ながら、豆腐のパッケージに収まっている。リッチチーズケーキのほうは業務スーパーの冷凍食品コーナーに置かれている。知ってのとおり、牛乳パックデザート各種もリッチチーズケーキも大ヒット商品となった。

現在の沼田博和社長はこれらの大ヒット商品についてこう振り返っている。

「こうした発想自体は、創業者である父から受け継いできているものなのです。『常識にとらわれるな!』といつもきつく言われてきましたから。豆腐をつくる製造ラインで豆腐をつくるのは当たり前でしょう。牛乳をつくる製造ラインで牛乳をつくるのもしかりです。それ以外のモノをつくってもいいじゃないか、というのが父の考えです。常識にとらわれることなく、自分たちの頭で自由な発想で考えていこう。それをずっと教えられてきました」

牛乳パックデザートがプロジェクトとして発進するとき、社内から「1リットルの水羊羹を買う人がいるのか」と反対意見が持ち上がったが、結局「売ってみて駄目だったらやめればいい」という判断で、沼田昭二の責任で動き始めた。

またスピード判断が可能なのは製造・卸・小売(FC)のすべてを自社で行っているからこそできることではないか。

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