はじめに

物事を本質的に細かく捉えることに慣れていない日本人

その花房課長は、創業者はよく「日本人、日本企業の最大の弱点は、本当はいくらなのかを考えたことがないことだ」と語っていたという。

「たぶんバイヤーが製造にまで入り込んでいるのと似たような論理だと思います。実際にこれも神戸物産のなかであった話です。ある商品をつくることが決まった。その商品の容量を2種類、500グラムと1キロにすることも決まり、専用の容器やパッケージを仕入れることになりました。その商品の開発者が、500グラムの容器を1個1円で仕入れることができるメーカーを探してきた。1キロの容器だと容量が倍になるけれど、容器代金は1.8円に抑えることができた。仮にそうなったときに、『なるほど、それでいい』とはならない。創業者はその容器の重さを問題とするからです。容器の重さを計って、グラムあたりの重さを弾き出すと、価格は1.8倍になっているけれど、そこに使われている材料は1・5倍の量しか使われていなかった。そうなったときに、原料費が1・5倍しかかかっていないのに、なぜ価格は1・8倍になっているのか? 『見た目に騙されるな!』と創業者の注意が飛んだ。そんな細かなところまで分解して、踏み込んで考えている経営者はまずいないのではないでしょうか」

元来、日本人の大半は良い意味で奥ゆかしく、ずけずけとモノを言わない。創業者の場合は、駄目なものは駄目、良いものは良いに徹している。数字をぼやかすと、かえって交渉が複雑になってしまう。トラブルになりかねない。

物事を説明するときも、記号、数字を挙げて、明確にわかりやすくする。

「結果的にそれがビジネスをうまく回すためのコツになる」と創業者は語っていたという。

そもそも日本人は物事を本質的に細かく捉えることに慣れていない。花房はその指摘をいまでも覚えているという。

カンブリア宮殿での一幕

沼田昭二の「大容量はコストダウンになる」という哲学が、息子の沼田博和社長にしっかりと伝わっているのが確認できる場面があった。

2020年10月、テレビ東京の人気番組「カンブリア宮殿」に博和社長が出演し、作家の村上龍とアシスタントを務める女優の小池栄子の質問に応えていたときのことである。

「業務スーパーの商品のボリュームのすごさと値段の安さに驚かされます。そうした方針を変えようと思われたことはなかったのですか?」

そう村上から尋ねられた博和社長はこう言った。

「何度か試してみたことはあったのですが、やはりお客様が業務スーパーに求めているものとは『使いやすい量』ではなく、『大きくても割安で買えるもの』でした。なかなか小さなサイズのものをつくっても売れなかったのが現実でした」

小池が目を丸くして言う。

「醬油1リットル、大手スーパーが267円のところを業務スーパーは99円と半分以下。鶏もも肉については大手スーパーよりも3割も安い。これは衝撃的な安さですね」

村上が言葉をつなぐ。

「業務スーパーの鶏肉は2キロもありますよね。私は小分けにして200グラム、500グラムがあったほうが親切だと思いますが。なぜそうしなかったのですか?」

博和社長がやんわりとした口調ながら、強い視線でもって村上に返した。

「大きいサイズのものをつくったほうが製造コスト自体は下がるんです。たとえば1キロのものを1つと、200グラムのものを5つつくるとすると、前者のほうが製造コストが安くて済みます。なので、少しでも安く販売するために大きいものにこだわっているわけです」

親から子へ。業務スーパーのコストダウン哲学は確実に引き継がれていた。
さらに村上が突っ込んだ。

「業務スーパーはいまの時代をしっかり捉えていると思う。消費者が賢くなっていますからね。今後も業務スーパーが時代を捉え続けるには何が一番重要ですか?」

間髪入れずに博和社長が言った。

「私たちは常に消費者に新たな刺激やワクワク感やドキドキ感をもたらし続けたいのです。日常的な買い物のなかで価格が『高い、安い』だけでは楽しくないと思います。そのなかでお客様に、『業務スーパーに行けば、初めて目にするようなものがいっぱいあるよ』という世界をつくりたいと思っています。それを目指しています」

ああ、これが博和社長の心持ちなのだ、そして差別化戦略の核心なのだと得心した次第である。

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