はじめに
デザイン・シンキング──人間が価値を発揮しやすい思考
デザイン・シンキングが生まれたのは二十数年前とされますが、特にこの10年程度で社会に浸透してきました。
テクノベート・シンキングとは正反対とまでは言わないまでも、かなりアプローチを異にします。その典型的なアプローチを示したのが図表2-4です。
デザイン・シンキングの重要なキーワードは、「観察」「共感」「潜在的な不満の特定(洞察)」「ストーリー」「プロトタイピング」「手触り感のテスト」「成長」などです。これらはコンピュータが苦手としている領域であり、 人間ならではのバリューが出しやすい分野 と言えます。AIやビッグデータの時代だからこそ、かえってこうした発想の重要度が増すとも言えるのです。「デザイン」そのものが人間的な想像力を必要とするものであり、機械が苦手としているという側面もあります。
デザイン・シンキングはこれまで、劇的なイノベーションよりも、ちょっとした使いやすさの改善に向くとされてきましたが、2030年頃には、デザイン・シンキングからよりイノベーティブなプロダクトが生まれている可能性も高いでしょう。 デザイン・シンキングはもともと、本質的な顧客の潜在ニーズに踏み込んでいくもの だからです。
その際のポイントは、 思い込みを極力排除すること です。「このくらいでいいかな」で留まらず、「もっとこうした方がいい」と発想を飛ばすことが、よりイノベーティブなプロダクトの開発につながります。
2030年にはそのための知見も溜まっていることが予想されるので、一般のビジネスパーソンも、その最新の潮流は押さえておくべきでしょう。
【図表】デザイン・シンキングによる問題解決
人間にしかできない仕事をする──機械に任せられることは任せる
古くより、単純労働は機械に置き換えられてきました。2030年には、ロボットやAIにより、今よりもさらに人間の仕事が代替されることが予想されています。かつては頭脳労働の代表的仕事とみなされていた弁護士などの業務も、そのかなりの部分はAIが取って代わるかもしれません。そうした時代に生き残るには、ビジネスパーソンとして、どのような力が必要なのでしょうか。
『AI時代の勝者と敗者』(日経BP)において、著者のトーマス・ダベンポート氏らは、AIが進化する時代にも機械に奪われずに残る、人間ならではの仕事を5つ紹介しています。
(1) ステップ・アップ:自動システムの上をいく仕事。機械と連携する人間というシステムそのものを構築・監督する仕事
(2) ステップ・アサイド:機械にできない仕事。創造性が必要な仕事、細かい気配りが必要な仕事、人を鼓舞する仕事など
(3) ステップ・イン:ビジネスと技術をつなぐ仕事
(4) ステップ・ナロウリー:自動化されない専門的な仕事。他人にはよくわからなかったり、その仕事に関するデータがあまりなかったりする仕事。例えば、キタキツネの飼育など
(5) ステップ・フォワード:新システムを生み出す仕事。言い換えれば、自ら新しいテクノロジーを追求する仕事
ある程度の数のビジネスパーソンが関わってくるのは(1)と(3)です。これらは、一定レベル以上のテクノロジーの知識を必要としつつ、一方でビジネスのことも理解しておかなくてはならないため、難易度は高いものの、人間が価値を出せる部分と言えます。当然、テクノベート・シンキングの知識なども必須となってきます。
最も多くのビジネスパーソンに関連するのは(2)でしょう。それまでにない新しい問題解決の方法を提示したり、相手の顔色や文脈を読んでコミュニケーションしたり、モチベーションを与えたりという仕事は、当面、機械に置き換えられることはないと予想できます。
先述した問題解決におけるイシュー設定も人間にしかできない仕事と言えます。「こんな課題を解いてみたい」ということを考える力は、やはり人間独自のものと言えるでしょう。
また、問題解決手法としてのデザイン・シンキングも、やはり人間にしかできません。ある程度機械の力を借りることはできますが、基本的には人間の感性や直感に頼る部分が大きいからです。
なお、テクノロジーを軸としたサービスの中にデザイン・シンキング的なものが混ざってくることも予想されるので、その融合にも注意を払っておくことが必要です(例えばグロービスが提供している「ナノ単科」というサービスは、AIを活用しつつも、顧客体験にはかなりデザイン・シンキングの要素を盛り込んでいます)。
このように見てくると、結局は、 自ら課題を設定し、何らかの方法でそれを解決できる人間のバリューが高まる一方で、AI そのものがやれてしまう仕事の価値は激減する ことが分かります。
ロボットの進化などもそれを加速します。人から与えられた仕事をこなすだけではダメです。自ら問いを立て、考え、問題解決をする人間こそが必要とされるのです。