はじめに
FBIでのステップアップに「内部監査」の経験は必須
事故の調査は半端な仕事ではない。同僚に落ち度があれば目を逸らすことはできない。総合的な政府報告書には、写真・相手方当事者の聴取記録・捜査官である運転者の申述書・事故現場の概要・結論としての事実関係を含める必要がある。作成した資料は上司が確認し、不備があれば突き返された。すでに抱えている案件で手いっぱいになっているそのいちばん上に、この仕事が積まれるのだが、そこには2つの明確なメッセージがあった。「誰もが互いに責任を負っている」ということ、そして「1人がしくじると他の全員に影響が及ぶ」ということだ。
この共同のコンサーバンシーという考え方は、FBIの隅々に行き渡っていた。職務責任局の人事も例外ではない。捜査官が管理職に昇進すると、一定期間ワシントンのFBI本部に勤めなければならない。そこでは、職務責任局の調査ユニットや裁定ユニットの管理職を希望することもできる。さらに昇進していけば、そこで上位の管理職や幹部職への道も開かれる。当然と言えば当然だが、職務責任局の仕事は後味が悪そうだと避ける捜査官が多かった。彼らが代わりに選ぶのは、テロ対策、防諜(スパイ防止)、サイバー、刑事などの部署での作戦プログラムだ。
だが、意識的に、神経を使う内部仕事をひととおりは経験しておくという者もいた。
より視野の広いリーダーになるにはそうした経験が必要だからだ。私自身、短い期間ではあったが、内部の任務に就いたことで、後にリーダーの役割を果たすためにかけがえのない経験を積むことができた。
ワシントンの職務責任局の任務に正式に手を挙げなくても、リーダーになろうと思ったら内部調査は避けて通れない仕事だ。職務責任局の職員は、違反行為の告発すべてに対応することはたぶんできないし、そのような仕組みにもなっていない。そこで、現場の管理官は、シカゴで組織犯罪取締りチームを動かしながら、さらにコンサーバンシーにも貢献することが期待される、というようなことになる。
職務責任局が調査を現場に任せると決めたら、地方局の管理官の出番だ。自分のチームの調査は決して担当しないが、同じ地方局のそれ以外の告発ならば、調査担当に指名されるのは間違いない。いったん地方局に任されると、その長が調査結果をレビューし、懲戒処分を決める。私はこれで、互いに責任を負うことがFBIのリーダーシップの大切な要素だということを学んだ。
同様に、FBIでステップアップしていくには所定の数の監査に参加することが必須となっていた。FBIの監査部は、大企業によくある、事業所を巡回して専門で監査を行う監査部門と変わらない。職務責任局の調査と同様に、FBI本部に籍を置いてフルタイムで監査を行ってもよいし、あるいは、一定期間ごとにその時点の配属先から、必要に応じて監査に参加してもよい。いずれにしても、管理職としてのキャリアを通じて監査する側であり、監査される側でもあるということだ。
「知識豊富で説明責任の取れるリーダー」はどうやって育つのか
監査を免除されているプログラムや部局はなく、通常少なくとも3年ごとに監査の対象となる。私が務めている間に参加した監査では、10を優に超える数の地方局、いくつかの本部の部局、さらに、ロンドン、テルアビブ、アンマンの司法担当官事務所が対象だった。また、捜査官が関わる発砲事件の再調査を何件も行った。
私は、できるだけFBIの隅から隅まで知りたくて、FBIの上級管理職に9人しかいないフルタイム監査官になった。1年間ほぼ休みなく巡回監査を行う監査官補のチームをいくつも束ねていた。その年の終わりには、当時の長官ロバート・モラーからFBI主任監査官に任命された。私のキャリアにおいて、テロ対策、防諜(スパイ防止)、サイバー、刑事といった作戦プログラムから離れていた時間は長くはない。しかし、その離れていた間に、これらのプログラムが、そしてFBIがどのように機能しているかについて学んだことは非常に大きかった。
FBIの監査手続きは、伝説的と言えるほど深掘りもするし、幅も広い。
監査官は、FBIの各チーム・各プログラム・各リーダーの業務の効率性と有効性についての判定を〝コール〞しなくてはならない。FBI全体から集められた大きな監査チームが2、3週間にわたって部局を訪問し、調査ファイルや情報提供者ファイルを引っ張り出して調べる。
地方犯罪の問題と国家安全保障上の脅威に関しては、優先順位と結果が評価された。管理官と捜査官への聞き取りが行われ、地域・郡・州・国の警察組織にいるパートナーたちは、FBIの活動はどんな様子か、改善できることはないか、などの質問を受けた。素晴らしい成果を上げている〝ベスト・プラクティス〞が認められると公表され、ほかの部局に情報共有された。
監査対応は数字合わせでは済まされなかった。大勢の逮捕者を挙げていても、それは部局の責任者が、込み入った有意義な捜査よりも、〝手っ取り早く〞統計数値を作ったということかもしれない。
監査の中心は「この部局およびそのリーダーの働きで、このコミュニティはどれだけよくなったのか?」という点にあるのだ。どんな組織でも、どこまで真剣にコンプライアンスを実行するかを決めているのは、そのトップだ。FBIも例外ではない。
だから、私はモラー長官に監査結果の概要を直に報告していた。その報告が終わると、監査を受けた部局の責任者と長官が出席するテレビ会議のスケジュールが組まれて、その席で主な監査結果について長官が部局長に確認していく。局長が自分の釈明をしているときには、高解像度のディスプレイがない時代でも、玉の汗が額に見て取れた。
このように、FBIは、職務責任局の業務にも監査プロセスにもリーダー層を必ず参加させることで、知識豊富で説明責任の取れるリーダーを育てている。
一方、多くの企業は従業員に対して、無意識のうちにコンプライアンスや職業倫理は他人の仕事だというメッセージを送っている。監査員のポジションは幹部候補者のための研修メニューの1つぐらいに考えられることも多く、監査員のモチベーションを維持すること、つまり十分な報酬で報いることもできていない。いざ不正行為の告発に対応するとなると、ほとんどの企業が人事部門か法務部門だけに責任を押し付ける。だが、リーダーが規範をしっかり守らせていなければ、どうしてリーダーがその規範を守ると信じられるだろうか?