はじめに
体を守るための「急性炎症」
なぜ、このような炎症症状が起こるのかというと、体に侵入してきた細菌やウイルス、毒素などの異物を退治して、傷ついた細胞を修復するためです。
ハチに刺されたときを例にとって説明しましょう。
ハチに刺されると、ハチの針から皮膚の中にハチ毒が注入されます。すると、その刺激によって血管が広がって血流が増えたり、血管壁の透過性が高くなったりします。それは毒素を排除するために必要な免疫細胞(白血球など)や傷を治すために必要な物質(血漿たんぱく質など)を、血液に乗せて患部に運ぶためです。
結果、ハチに刺された部分に血がたまり、運ばれてきた細胞や物質もたまるので、傷の周辺が赤くなって熱を持ったり、腫れたりするのです。
また、炎症が起こると痛みを引き起こす物質が出て、傷が痛みます。痛みや腫れは、私たちに「体が大変なことになっていますよ」と、危険を知らせるシグナ
ルの役目も果たしています。
以上のように、炎症は本来、体を守ろうとする、正常な免疫反応なのです。そのため、傷ついた細胞が治れば、炎症もおさまります。風邪の症状も、虫刺されの腫れも、一定期間を過ぎれば自然と元通りに治りますよね。
長引く「慢性炎症」が病気を引き起こす
ところが、炎症の原因となる物質が除去できず、炎症がおさまらずに、いつまでもダラダラと続くことがあります。こういった長引く炎症のことを「慢性炎症」と言います。これこそが本書のテーマです。
本来は、体を守るために起こるのが炎症ですが、長引けば細胞の修復が追いつかず、体の機能が低下したり、失われたりしてしまいます。
たとえば、慢性炎症をともなう病気のひとつが、冒頭でもご紹介した歯周病です。
歯周病は口の中の歯周病菌が原因の感染症。歯周病菌が徐々に増殖して、歯ぐきにゆっくりと炎症が起きる病気です。初期の段階で炎症がおさまることもありますが、歯ぐきの炎症が続いて慢性化することも多く、その状態を放っておくと歯を支える骨にまで炎症が広がります。その結果、骨が溶けて、歯がグラグラになり、最悪の場合、歯を失うことになるのです。
コロナ後遺症も慢性炎症が原因だった?
慢性炎症は、急性炎症がきっかけで始まることもあります。
風邪が原因でのどに急性の炎症が起こった場合、風邪が治ればのどの炎症はおさまります。けれど、喫煙や飲酒、大気汚染などにより、のどの急性炎症を繰り返していると、炎症がくすぶり続け、慢性上咽頭炎や慢性扁桃炎を引き起こします。
同じ場所に何度も異物による刺激が加わって、何度も炎症を起こすうちに、炎症が慢性化してしまうのです。
実は、コロナ後遺症も、慢性炎症が関係しているのではと考えられています。
通常は、コロナウイルスに感染して急性炎症が起き、免疫細胞がウイルスを退治できれば炎症がおさまり、体が回復しますが、なんらかの理由で炎症が慢性化してしまうと、ウイルスが検出されなくなっても、体調不良が続いてしまうのです。
私のクリニックにも、コロナ後遺症だと思われる症状の患者さんがたくさんいらっしゃいますが、倦怠感や息切れ、ブレインフォグ(頭に霧がかかったようにぼんやりしてしまい集中できない、普段はしない物忘れをするなどの症状)、微熱、嗅覚や味覚の異常、うつ症状など、症状は人それぞれです。
このほか、アトピー性皮膚炎やアレルギー疾患、関節リウマチなどの「自己免疫疾患」と言われる病気も慢性炎症による病気です。
本来、体を守るはずの免疫機能が自分の体までも攻撃してしまい、長期間、炎症が続いてしまって発症します。
慢性炎症は「静かなる殺人者」
この章のはじめにもお伝えした通り、慢性炎症によって起こる病気はさまざまにあります。
まさに「炎」のようにボッと勢いよく燃えて鎮火も早いのが急性炎症なら、慢性炎症はボヤ(小火)のようなもの。火種がくすぶったままじわじわと広がるように体をむしばみ、最後にはおそろしい病気を引き起こします。
慢性炎症による病気のこわいところは、急性炎症のように強い症状がないところです。
そのため、なんとなく調子が出ないなと感じることはあっても、ほとんどの場合、自分では気がつきません。
自覚症状がないまま同じ場所で炎症が続いてしまって、いつのまにか細胞が壊され、臓器や血管などの機能が低下してからはじめて病気になっていることに気づくのです。
先ほど例にあげた歯周病も、たまに出血したり、患部がうずいたりすることはありますが、初期には自覚症状がないことがほとんどです。歯周病が進行して、歯がグラグラになってから気づく人も少なくありません。
このほか、次に紹介する病気も慢性炎症が原因のもので、気づかないうちに進行して、命にかかわるような病気につながるリスクがあります。
そのため、慢性炎症は、「サイレントキラー」と呼ばれることもあります。