はじめに

2軒目は2,000万円の利益。出口を考えたからこその成果

――どういうことでしょうか。

株式会社アセットビルドの代表取締役 猪俣淳さん

立地やマンションの質を見て、数年後に売ることができる、つまり「流動性」があると思ったんですね。住むときに内装を綺麗にリフォームすれば、かけた金額以上上乗せしても買い手がつく物件だというのも知っていましたので。仮にこの物件を賃貸に出したとして、月にいくらほどもらえるかも当然わかりますし。自宅マンションとは言いつつ、出口を含めた投資的な視点も考えて買ったんです。リフォームに150万円かけたので、合計1600万円の“初期費用”でした。

――投資としての目線も入れて住宅を購入したと。その後、実際にどうなりましたか?

1985年に「プラザ合意」があり、金利が下がってバブルを迎えました。自宅マンションの価値は上がり、私の自宅も2年ほど住んだ段階で1,900万円に。そこで売りました。

――2年でプラスになったわけですね!

私はその時点で手放しましたが、4,500万円ほどまで価格は上昇しました。そして私はこのときの売却費用を頭金にして、2,700万円ほどの建売住宅を購入しました。横浜市内の物件で3LDKでした。

――1軒目の売却金を元手に、2軒目を購入ですか。

2軒目の物件は25歳から30歳まで5年ほど住んで売りました。バブルの真っ盛りで、4,700万円ほどで売却。それで、30歳になって今住んでいる土地を見つけて購入したのです。

――2軒目は2,000万円ほどの売却益。

そうですね。バブルの時期は軒並み地価が上がっていましたから、その時に細かく物件を売って良かったと思います。不動産売買の業界に身を置いていたこともあり、最初から出口(売却)を意識して投資目線で自宅を購入したからこそ、そうなったと思いますね。

当時、自宅不動産の値上がりに舞い上がっていた人たちは、結局売らない人がほとんどで、値上がり益を内部に留保したまま利用できずじまいのまま元に戻ってしまったという感じでしたから。

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