はじめに

結局、今の息苦しい仕組みの世界から逃げられないならば

――最後に、働きながら自分を守るためのアドバイスをいただけますか。

熊代: 個人のレベルでいうなら、数字を気にしろだとかスーパーウーマンになれといった、いろいろな要請から距離を取ることではないでしょうか。飲み込まれすぎないようにする事、信じ込みすぎないようにすることとも言えますかね。

これまでの「常識」を疑ったうえで、それこそ首尾よく「ラク」や「ズル」をしているように見える人がいたら、見習ってみるのもアリじゃないかと思ってしまったりもしますね。「うまく『ズル』をキメる」というと語弊がありますが、(もちろん合法的に)産休や育休といった権利や制度を利用することを躊躇しないこと、そして、文句を言われにくい大義名分を作ることをもっと意識してもいいのかなと。それは、今の社会に対するささやかな反逆でもありますから。

――会社に合わせて数字をあげまくることが常識であり良識だと、誰もが信じてやまなかったけれどーー。

熊代: 今となってはそれだけでは人は幸せになれない状況になってきていると思うんですよ。

思い込みを変えることは難しいでしょう。ただ、数字を追いかけていくことで、私たちが人間性をどんどんほったらかしにしているということは、もっと知られてもいいと思うんです。そのためのチャンネルをもっとたくさんの人が共有して、もうちょっと人間に優しい仕事と社会のあり方を取り戻していくことを、考えていかなければならないのではないかと思います。

健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて 熊代亨 著

健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて
現代人が課せられる「まともな人間の条件」の背後にあるもの。 生活を快適にし、高度に発展した都市を成り立たせ、前時代の不自由から解放した社会通念は、同時に私たちを疎外しつつある。メンタルヘルス・健康・少子化・清潔・空間設計・コミュニケーションを軸に、令和時代ならではの「生きづらさ」を読み解く。

取材協力

熊代亨(くましろ・とおる)

1975年生まれ。信州大学医学部卒業。精神科医。 ブログ『シロクマの屑籠』にて現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信し続けている。 著書は『ロスジェネ心理学』(花伝社)、『「若作りうつ」社会』(講談社現代新書)、『健康的で 清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など多数。

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