はじめに

「何も分かっていないとか、間違っているとか言われるのにはうんざりしたよ」

「史上最大のぼろ儲け」
ジョン・ポールソン (ヘッジファンドマネージャー。慈善活動家)

みんなが「こうだ」とか「正しい」と信じていることに反した行動をとり、発言をするというのはとても勇気のいることですが、それでも信じる道を行くことで大きな成功を手にする人がいます。

サブプライムローン問題によって世界の投資家が被った損失は30兆ドルを超えると言われていますが、2007年だけで150億ドルもの利益を上げたのが、ジョン・ポールソン率いるポールソン&カンパニーです。ポールソンはサブプライムローンの異常性に気づき、不動産価格の上昇が止まった瞬間に大変な事態が起きると信じてCDSを安値で買い続けていましたが、ほとんどの専門家はそうした行動を冷ややかに見つめていました。

ポールソンは「専門家の人たちは、私のことをファンドマネージャーとしての経験が浅いといって片づけてしまった。私はずっと黙っていたからね。でも、何も分かっていないとか間違っているとか言われるのにはうんざりしたよ」と当時の心境を振り返っています。

これほど周囲から無視され、反対されればたいていの人は心が折れてしまいます。「間違っているのは自分なんじゃないか」と不安になり、「みんなの言うようにした方がいいのかな」などとなるものですが、ポールソンはここで踏ん張ったことで史上空前の利益を手にすることになったのです。

2006年7月、「住宅ローンビジネスの破綻を示す最初の兆候」があらわれますが、そこからさらに7か月を経てようやくサブプライムローン問題が表面化します。ポールソンが予測した事態の到来でした。投資家に限らず、 成功者は常識に反する行動や、大勢と反対の行動をとることで大きな成功を手にしますが、大勢に反する行動や言動にはいつだって批判の目が向けられます。 成功には判断への確信や折れない心が不可欠なのです。

ここがポイント
大勢と反対の行動をするためには判断への確信と折れない心が欠かせない。

「消費者は話題になった店へ足を運びます。そこで商品を手に取って、『これはいい店だ』と納得したら、『うちの近所にも一店欲しい』と思うんじゃないでしょうか」

「成功はゴミ箱の中に」
柳井正 (ファーストリテイリング創業者)

「ユニクロ」を中心とするファーストリテイリングを一代でZARAやH&Mと並ぶ世界企業にまで育て上げた柳井正は大学を卒業して、1年ほどのスーパーでの修行を経て家業を継ぐために山口に戻ります。任されたのは主にメンズショップ小郡商事(紳士服店が一店、カジェアルウェァのVANショップが一店)でした。

年商1憶円くらいの規模の店で、赤字ではないもののそれほど儲からない店だったといいます。当初、商売には不向きだと思っていた柳井ですが、覚悟を決めて仕事をするうちに「僕にもできそうだぞ」という自覚が生まれ、売上げを伸ばすためにさまざまな試行錯誤を重ねるようになります。

その後、父親に代わって社長に就任した柳井はかねてより考えていた10代の子ども向けに、流行に合うカジュアルウェアを低価格で提供する「ユニクロ」の1号店を広島に出店します。徐々に店を増やすとともに、販売する商品に関しても自社で企画して、生産も管理するようになったユニクロは1989年11月の原宿出店と同時期のフリースブームを起爆剤に急成長を遂げます。

やがて柳井の目は世界へ向かいます。2005年アメリカに3店舗を順次オープンしますが、大失敗します。「ユニクロ」など誰も知らなかったからです。しかし、失敗して終わるつもりのなかった柳井は、次に先端ファッションブランドが数多く出店するニューヨークのソーホーに出店します。目指したのは「世界最大で、最新で、最も進んだユニクロ」でした。大きな賭けでしたが、旗艦店オープンの宣伝を用意周到に進めたことで成功します。都市の中心に店があってこそチェーン展開が可能になります。柳井はそれを実践することでユニクロのさらなる成長を可能にしたのです。

ここがポイント
失敗して終わるな。より大きな挑戦をして成果を上げろ。

「『DVDの死』は必然であり、DVDにこだわると会社自体も共倒れになる。ストリーミングへ大きく舵を切ってこそ会社のためにもなるし、顧客のためにもなる」

「NETFLIX」
リード・ヘイスティングス (ネットフリックス創業者)

映画の見方だけでなく、映画のつくり方まで変え、今や世界190か国、約2憶人の人々が視聴するネットフリックスの創業者リード・ヘイスティングスはアフリカにおける平和部隊の活動などを経て1991年に30歳でピュア・ソフトウェアを設立、4年後の95年には株式上場を果たしています。

同社を売却した資金を元に1997年に創業したのがネットフリックスです。当初、ネットフリックスが行っていたのはウェブサイト上のオンライン店舗経由でユーザーはDVDをレンタル、見終わったユーザーは再び郵便で送り返すという世界初の「郵便DVDレンタル」でした。最初は会員数も伸びず、赤字を垂れ流す状態でしたが、DVDレンタル業界の巨人ブロックバスターとのし烈な戦いを制したことでその評価を高め、成長を加速させることになります。

本来なら一安心というところですが、時代はインターネット経由のデジタル配信の可能性を模索し始めていました。ヘイスティングスは2007年1月、中核事業のDVDレンタルサービスからストリーミング配信サービス「インスタントビューイング」への移行を決断します。タイトル数は1000とわずかなものでしたが、ここで決断しなければネットフリックスはじり貧になるというのがヘイスティングスの考えでした。

「DVDにこだわると会社自体も共倒れになる」と考えたヘイスティングスは 「誰かに食われるぐらいなら自分で自分を食う方がいい」 とストリーミング配信サービスに進出、その後DVDサービスを切り離すという選択をしたのです。この決断以降、ネットフリックスは膨大な映像コンテンツの獲得、さらにはオリジナル映画の製作へも進出、今やその影響力はGAFAにも匹敵すると言われるほどになっています。

ここがポイント
会社は変わり続けてこそ、成長し続けることができる。

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